第七話「プロヴィス最終局面へ」
ルピナスの研究室。
端末の画面には、膨大なコードと脳波データが走り続けていた。
「……ようやく、辿り着いた」
彼は小さく息を吐く。
それはかつてのプロヴィスの全データを解析し続け、なおも“人類が触れてはならない領域”へ踏み込もうとする音。
「アスター、見てくれ」
呼ばれて隣に立った少年は、画面の中央に表示された文字列を凝視する。
> 【感情連結網 No.000 “REQUIEM”】
管理者アクセス権限:封印状態
情報階層:LEVEL-V
「……レクイエム?」
「そう。かつてプロヴィスが最深部で設計していた中枢AIだ。
“すべての獣人の感情を統括・選別・統合する”――それが彼らの“究極の目的”だった」
「つまり……俺たちを一つの感情に塗り潰そうとしてた?」
「いや、“個別性を否定し、群れとして制御する”。
感情のネットワークは、やがて意思の支配に転じる。
レクイエムの正体は、群れの“王”となるための“感情構築エンジン”だったんだ」
アスターが奥歯を噛みしめる。
「そんなもん……生きてる俺たちに、触れていいはずがない」
「その通りだよ。だから、破壊する。
だが……問題がある」
ルピナスは画面を切り替え、構造図を示した。
> “REQUIEM”本体は、旧プロヴィス地下30階層に設置。
全方向からのアクセス不可。唯一の接続口:感情回路 “YURI-17”
「……ユリ?」
「彼女の脳内には、わずかに“レクイエム”へ繋がる感情パスが残っている。
“黒い音”の影響を受けたことで、それが開かれた可能性が高い」
アスターの顔色が変わった。
「つまり、ユリが――狙われるってことか……」
ガーベラが一歩踏み出した。
「そうなる前に、俺たちが動く。
この作戦に名をつけるとすれば――」
「“レクイエム遮断作戦(Requiem Final Severance)”」
ルピナスが静かに告げると、バコバが笑った。
「なんか、かっこつけすぎじゃねぇか?」
「なら、“ユリを守る作戦”でもいいよ」
皆が一瞬だけ笑った。
だが次の瞬間には、皆、同じものを見据えていた。
それは、過去でも恐怖でもない。
“これから立ち向かうべき最後の戦場”。
■作戦要点:
ルピナス → ユリの感情遮断パスを解除し、アクセスを一時的に封鎖
バコバ&ガーベラ → 地下施設の防衛機構を撃破
アスター → レクイエムの本体制御ルームへ単独侵入し、**“最も深い感情”**をぶつける
ルピナスが口を開く。
「アスター。最後に問うよ。
君が“本当に失いたくない感情”って、何?」
アスターは迷わず言った。
「――笑顔だよ。
……あいつが、“笑ってくれた瞬間”。
それを、誰にも奪わせねぇ」
そのとき、天井が一瞬、軋んだ。
突如、ルピナスの端末が警告を鳴らす。
> 【警告:REQUIEMより逆アクセス開始】
【目標:YURI-17/被験体識別コード検出】
【侵入経路特定不能――】
「始まった……!
レクイエムが、ユリを引き込もうとしてる!!」
アスターが駆け出す。
「間に合うかは関係ねぇ――行くぞ、ユリを守るために!!」