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アンチューサ  作者: クロス
第4章:咲かない花の夜に
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最終話「エンディングノートに名前を」

 春の風が、都市の縁をなぞるように吹いていた。

 日差しは穏やかで、木漏れ日が窓を照らす。


 


 ルピナスのラボでは、今日も静かな作業音が響いていた。


 


 「データの断片が……まだどこかに残っている」


 


 ルピナスは、ユリの記憶から派生した暗号化ファイルを慎重に解析していた。

 そこには“ノクターン”とは別の、より深く隠された手口があった。


 


 〈PROJECT:REQUIEM〉


 


 「……見つけた」


 


 このプロジェクト名は、ルピナスの記憶にもない。

 だが確かにユリの再生カプセルと繋がっていた。


 


 (この名は……記憶ではなく、“魂”に関わっている)


 


 彼の手が止まる。


 


 その時、ドアが静かに開いた。


 


 「……入ってもいい?」


 


 現れたのは――ユリだった。


 


 彼女は、自力で車椅子を動かし、

 ゆっくりとルピナスのもとへ近づいてくる。


 


 「今日は……リハビリ、早く終わったの」


 


 「そうか。順調そうだな」


 


 ルピナスの声は少しだけ優しかった。


 


 ユリは、ふとモニターに目を向ける。

 そこに表示されていた“REQUIEM”の文字を見て、小さくつぶやいた。


 


 「……それ、知ってる気がする」


 


 ルピナスが、瞬時に表情を引き締めた。


 


 「どこで?」


 


 「夢の中。

  “誰か”が言ってた。

  “静かな場所で、名前を呼んであげて”って。

  『レクイエムが終わる場所には、始まりがある』――そう言ってたの」


 


 ルピナスの指が震える。


 


 「……その言葉は、研究所の人間しか知らない暗号だ。

  君の中に、まだ“アクセスされていない記憶”がある」


 


 「じゃあ……私の中に、“何か”が残ってるの?」


 


 「それが何かはまだ分からない。

  ただ、ひとつだけ確かなことがある」


 


 ルピナスは小さく息を吐いた。


 


 「それは――君自身が、選ぶものだ。

  誰かに強制されるべきものじゃない。

  君が、君の意志で、その“名前”を決めるんだ」


 


 ユリはしばらく沈黙したあと、ふと微笑んだ。


 


 「じゃあ、私の“エンディングノート”……

  最初に書く名前は、“アスターくん”にする」


 


 「……は?」


 


 「だって……私の始まりは、あの子の笑顔だから」


 


 ルピナスは一瞬、言葉を失ったように目を見開いたが、

 やがて口元をわずかに緩めた。


 


 「――なら、きっと“終わり”も、笑顔で迎えられるさ」


 


 


 ***


 


 


 その夜。


 


 都市の廃墟――誰もいないはずのエリアにて。

 ひとつの黒い影が歩いていた。


 


 その手には、小さなカプセルと、鍵のかかった書類鞄。


 


 『PROJECT:REQUIEM』――その本体が、まだどこかに存在している。


 


 そして、彼の口元は嗤っていた。


 


 「咲かない花が、咲く時を見届けよう。

  静かな星の夢の終わりで――本当の夜が始まる」

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#アンチューサ #獣人 #群像劇 #記憶の物語 #友情と再会 #ヒューマンドラマ #近未来SF #静かな感動 #花言葉 #風と光 #感情の再生
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