第一話「汚れた知識」
夜のラボ。
無機質な壁に囲まれた研究室で、ルピナスは黙々とコンソールを操作していた。
――解析進行中:記憶転写装置No.77 “ノヴァ=タイプβ”
彼の前には、壊れた記憶スキャン装置の断片が並んでいる。
先日、ガーベラとバコバが“アナザーシェル”の廃墟から持ち帰ったものだった。
「……やはり、これは“本物”か」
低く呟いたルピナスの目は、冷たい光を宿していた。
旧プロヴィスが使用していた違法な記憶抽出装置。
そして、その残骸の中から――
彼は、ある“識別コード”を見つけてしまった。
【記録照合ID:LP-IX】
「……これは、僕が作ったものだ」
一瞬、彼の肩が揺れた。
冷徹な科学者であるはずの彼が、微かにその目を伏せる。
そう。
これはかつて、彼がまだ“プロヴィス”の一員だった頃――
仲間を救うために開発した記憶改竄装置の試作機。
その技術が、今になって、形を変えて流出している。
「誰かが、意図的に……僕の罪を掘り起こしている」
そのとき、ドアが開いた。
「……ライラックか」
兎の獣人――ライラックが静かに入ってくる。
手には、花束ではなく――一枚のUSBメモリが握られていた。
「ルピナス、これ。中央病院から。
“転送ログの改竄”があったって」
「……やはりか」
ルピナスはUSBをスロットに差し込み、即座に表示されるデータを確認した。
≪転送元:旧首都管理局 データバンクNo.92≫
≪転送先:不明(暗号化ノード)≫
≪データ内容:被験体M-α:記憶コード全抽出≫
「“M-α”…?誰だそれは」
ライラックが息をのむ。
「まさか……もう“誰か”が記憶を奪われた?」
「もしくは――奪われ続けている」
ルピナスはモニターを見つめながら、低くつぶやいた。
「ユリが使用した“再生カプセル”には、追跡タグが埋め込まれていた。
それを使えば、投与後の神経接続ログは詳細に記録されている。
つまり……“使用者の記憶”を覗き見ることも可能なんだ」
ライラックが顔を曇らせる。
「それって……ユリちゃんの記憶が、今も誰かに……?」
ルピナスは、無言でうなずいた。
「これ以上、彼女に背負わせるわけにはいかない」
「じゃあ……どうするの?」
「僕が行く。記憶の出どころを辿って、“咲かない花の根”を絶ちに」
その瞳は、どこまでも冷たく、そして鋭かった。
「誰にも見つからないように動く。
これは――僕の贖罪の物語だ」