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アンチューサ  作者: クロス
第3章:白い息がほどける午後に
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第二話「君の声が咲く場所で」

 昼過ぎの風は、柔らかかった。


 ユリはアスターと病院からの帰り道、

 ひとりで“あの場所”に立ち寄っていた。


 


 花畑。

 かつて、この地を守り続けた者――ライラックの庭。


 


 白、黄色、青、紫。

 どの色もやさしくて、どこか懐かしい。


 


 車いすのブレーキを軽くかけ、

 ユリは花の中に小さくため息を落とした。


 


 「……やっぱり、まだ怖いのかもしれない。

  歩くってことが。

  このままの方が楽なのかもって、

  どこかで、思ってる」


 


 そのとき――


 


 「それは、“悪いこと”じゃないのよ」


 


 ふいに、花の香りに紛れて声がした。


 


 静かで、やさしくて、どこか光を含んだ声。

 風のように、草の葉が揺れ、

 そこに立っていたのは――ライラックだった。


 


 「……ライラックさん……!」


 


 白い耳、淡い髪、そして変わらない微笑み。


 ユリは目を見開いて、声を震わせる。


 


 「ほんとに……戻ってきてたんだ……!」


 


 「ええ。あなたとアスターくんが無事だって聞いて、

  すぐにお花の世話をしに帰ってきたの。

  ――この庭、まだあなたを待っていたから」


 


 ユリの頬に、そっと風が触れた。


 


 「わたし……今、ちょっと迷ってて……。

  前に進むのが、すこし怖いの」


 


 ライラックはゆっくりとしゃがみ、

 ユリと視線を合わせた。


 


 「ねえ、ユリちゃん。

  花ってね、誰かが『綺麗だね』って言ってくれることで、

  咲く勇気を持つのよ」


 


 「……え?」


 


 「光が当たらなくても、雨に打たれても、

  誰かの“優しさ”を覚えてるだけで、

  また咲こうって思えるの。

  ユリちゃんが今まで誰かに笑ってくれたように、

  あなたも“優しさを受け取っていい”のよ」


 


 ユリの目に、じわりと涙が溜まる。


 


 「……わたし、アスターに笑っててほしくて、

  ずっと“元気なふり”してたかもしれない。

  本当は、自分の足で歩けないことが……悔しくて……悲しくて……」


 


 ライラックは、そっと彼女の手を取った。


 


 「その気持ちも、あなたの一部。

  でもね、悲しみのあとに咲く花ほど、強くて、綺麗なのよ」


 


 その言葉に、ユリは肩を震わせて泣いた。


 風がそよぎ、花が揺れる。

 まるで、ライラックの声が全体に響いているようだった。


 


 「ありがとう、ライラックさん……

  わたし……ちゃんと、咲いてみせる」


 


 「ええ。きっと咲けるわ。

  この場所で、もう一度あなたが立つのを――私も、花たちも、みんな待ってる」


 


 やがてユリは、目を拭い、笑った。


 


 その笑顔は、ほんの少しだけ昨日よりも強く、

 でも変わらず、やさしかった。

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