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アンチューサ  作者: クロス
第2章:静かな星の夢
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第十五話「帰ってくると、約束して」

 夜風が窓をかすめ、薄いカーテンを揺らしていた。


 ユリの部屋。

 灯りは落とされ、ランプの淡い光が小さく揺れている。


 


 アスターは、扉の前に立っていた。

 その表情は、どこか張り詰めたようで――

 それでも、迷いはもうなかった。


 


 「……入るぞ」


 


 返事はなかったが、それでも静かにドアを開けた。


 


 ベッドのそば、車いすに座ったユリが、

 振り返ることなく月を見つめていた。


 


 「……行くんだね」


 


 「……ああ」


 


 アスターはユリの隣に立ち、少しだけ背を丸めた。

 いつもなら軽口のひとつも出るはずなのに、今日は何も言葉が浮かばない。


 


 「怖い?」


 


 その問いは、誰に向けたものだったのだろう。

 アスターはわずかに笑って答えた。


 


 「少しだけ。……でも、ユリがいるから」


 


 ユリは、そっと目を閉じた。


 


 「私、何もしてあげられない。足手まといにしかならないのに……

  あなたが“私のために戦う”って言ってくれるの、ずっと……苦しかった」


 


 アスターが口を開きかけたとき、ユリは首を横に振った。


 


 「でもね、いまは……違う。

  私のためじゃなくて、“あなた自身”のために戦ってる。そう思うの」


 


 アスターは目を見開く。


 


 「私を守ることは、きっと……あなたの心を守ることでもある。

  だから、私は何も言わない。止めない。でも――」


 


 ユリは、手を差し出した。

 その細く、少し震えている指が、アスターの頬に触れる。


 


 「ちゃんと……帰ってきて。

  私、あなたがいないと――もう、夢を見られないから」


 


 アスターはその手を包み込み、強く、強く握った。


 


 「……約束する。絶対に、帰ってくる」


 


 ユリの瞳が潤む。

 けれど、涙は落とさない。ただ、微笑む。


 


 「じゃあ、それでいい。

  その“赤いフード”、ちゃんと帰ってくるまで脱がないでね」


 


 「はは……わかったよ、“赤ずきんちゃん”」


 


 ユリは笑って、そしてアスターの胸元にそっと顔を寄せた。

 小さな声で、誰にも聞こえないように、呟く。


 


 「あなたがこの手を離しても――

  私は、ずっと……ここで待ってる」


 


 アスターは黙って頷いた。


 そして、そっと彼女の額にキスを落とし、

 部屋をあとにした。


 


 ――戦いが始まる。

 誰の記憶が奪われ、誰の想いが守られるのか。

 運命は、すぐそこに待っていた。

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#アンチューサ #獣人 #群像劇 #記憶の物語 #友情と再会 #ヒューマンドラマ #近未来SF #静かな感動 #花言葉 #風と光 #感情の再生
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