第十三話「記憶を神に」
重く閉ざされた金属扉が、ゆっくりと開く。
その奥、まるで礼拝堂のような白い部屋。
壁一面を占める、数百のホログラムパネル。
光の粒子が浮遊し、そこには無数の記憶が再生されていた。
誰かの笑い声。
子どもの泣き声。
誰かが銃声とともに倒れる断片的な記録。
それらを眺めながら、ひとりの男が立っていた。
高い襟の白いコート。
無機質な表情の奥に、どこか陶酔したような瞳。
アルヴェール――プロヴィス第七計画室、主任研究官。
通称、“記憶神化プロジェクト”の主導者。
「……あぁ、すばらしい。
人間の記憶は、なんと甘美で、残酷で、そして……崇高だ」
彼はゆっくりと振り返ると、部下のひとりに命じる。
「最新の“ユリ個体”の記録は?」
「はい。No.1137、“羊の少女”。現在も安定状態にあり、
対象との接触による深層記憶の活性化が確認されました」
「対象……アスター、か」
その名に、アルヴェールは軽く微笑む。
「忌まわしくも、美しい名前だ。
あの少年の記憶が“痛み”で構成されているのに対し、
少女の記憶は“許し”で満ちている。対極の記憶体……すなわち、完全な“融合核”」
彼は片手を差し出すと、
ホログラムに浮かぶユリの顔に触れるように指先を伸ばす。
「この二つが交わるとき――人の心は、神へと至る。
憎しみも、愛も、悲しみも、全てが再現可能な“模倣因子”となる」
部下のひとりが問う。
「……計画の最終段階、“記憶の神化”はいつ開始しますか?」
「まもなく、だ。
だが、今必要なのは――彼ら自身に“選ばせる”ことだよ」
「選ばせる、とは?」
「自らの記憶を差し出すか、
あるいは、それを守るために“命を失う”か――」
その声は、まるで祭司が儀式を宣言するようだった。
「命よりも価値のある“記憶”があるということを、
彼ら自身が証明してくれれば、それは何よりのデータになる」
アルヴェールは最後に、こう呟いた。
「我々が作るのは、兵士ではない。
これは、“祈りの器”なのだ」
ホログラムが切り替わり、
アスターがユリを抱き寄せる記憶映像が、淡く投影された。
その光景に、アルヴェールは目を細めた。
「さぁ――記憶よ、神になれ」