第十一話「記憶の座標」
ラボの壁面ディスプレイに、仄暗いデータファイルが走る。
無数の暗号。
プロヴィスの旧サーバーから断片的に抜き取られた、
かつて封印されたはずの研究ログ。
「……これはまた、ずいぶんと古い墓を掘り返したもんだな」
ルピナスは眉一つ動かさず、淡々と指を動かしていた。
タッチパネルの操作に合わせ、演算画面が切り替わる。
「“記憶定着型相互投影システム”……略称《MNEMOS》(ニーモス)か」
「初耳だな」
ガーベラは背後で腕を組み、ルピナスの肩越しに画面を覗いていた。
「記憶を、再構築する装置だ。
脳内イメージだけじゃない。感情、匂い、皮膚感覚――全てをデータ化し、
他者へ移植する。仮想ではなく“実体験として書き換える”技術だ」
「……悪趣味だな」
「だが、それがプロヴィスの“正統継承者計画”の中核だった」
ルピナスは数秒の沈黙ののち、モニターに表示された座標を指差した。
「ここにある」
それは、旧首都近郊にある“廃鉱山帯”のひとつ。
すでに使用が打ち切られ、立入禁止区域に指定されている。
「データ転送元はここ。恐らくは“現行ニーモス機”が稼働している施設だ」
「ターゲットはユリ、だな」
「間違いない」
ガーベラの拳がぎり、と音を立てた。
「……あいつら、“記憶”をなにかの弾にでもするつもりか」
「いや、弾じゃない。“種”だ」
ルピナスは言葉を選ばずに言った。
「彼女の記憶――特に“アスターとの記憶”は、
想像以上に安定していて、かつ感情的充足度が高い。
それを基盤に“完璧な兵士の人格”を複製しようとしてるんだよ」
「人格、だと……?」
「クローンでも義体でもなく、意識そのものを“焼き増し”する。
それがプロヴィスの狙いだ」
ガーベラは静かに目を閉じた。
「アスターの記憶を奪っただけじゃ足りず、
今度はユリまで――“壊す”つもりか」
ルピナスが一度だけ目を伏せた。
「……ガーベラ。
君には、彼女たちにもうこれ以上――」
「言うな」
ガーベラの声は低く、しかしはっきりとした怒気を孕んでいた。
「俺は……何度、息子を見失えば気が済むんだ。
もう“間に合わなかった”とは言わせねぇ」
そのまなざしは鋭く、そして――誰よりも“父親”だった。
「ルピナス、準備しておけ。
潜入チームを再編する。……もう一度、地獄に踏み込むぞ」
「……了解した」
静かに立ち上がったふたりの背後で、ディスプレイの画面が切り替わる。
そこに映し出されたのは、古びた施設の地下通路――
扉には《MNEMOS-CORE》の印字。
そして、その扉の奥に、
“アスターの過去”と“ユリの心”を模倣する実験体が――待っていた。