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アンチューサ  作者: クロス
第2章:静かな星の夢
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第九話「仮面の痕、狼の勘」

 雨が降っていた。

 しとしとと、夜明け前の街を濡らしていた。


 


 ガーベラは黒いレインコートの襟を立て、静かに地面に膝をついた。

 ライトのついていない路地裏。

 アスターと“ユリ”が襲撃されたという現場だ。


 


 「……匂いが、まだ残ってる」


 


 濡れたコンクリートに顔を近づける。

 雨に消されかけた微かな金属の臭い、薬品の揮発臭、そして――


 


 「……硫化剤。古いタイプのスモーク爆弾か」


 


 鼻をひくつかせながら、ガーベラは懐から手帳を取り出す。

 現場のスケッチ、配置、残された痕跡を冷静に記録していく。


 


 アスターのナイフの跡。

 双剣による切り返しの痕。

 攻防の流れを、脳内で再現する。


 


 「奇襲。だが、アスターは即応している……つまり――」


 


 ガーベラはふと、壁際に落ちていた欠けた金属片に目を止めた。

 拾い上げて確認する。

 表面に、ごく小さく刻まれた刻印。


 


 《TSP-R04》


 


 「……やっぱり、プロヴィス製か。第4世代。

  もう廃棄されたはずの個体……いや、“個人”か」


 


 コートの内ポケットから端末を取り出し、

 ルピナスに送信せず、ローカルで照合する。


 


 ――反応あり。


 


 《TSP-R04:対獣人暗殺用・特殊戦闘型義体。

  プロヴィス旧開発ライン・N系統。凍結済み。》


 


 「凍結、ねぇ……それで、動いてるわけだ」


 


 ガーベラの声に、ひとつ冷たい皮肉が混じる。


 


 この機体は、“殺すために”だけに生み出された兵器だ。

 獣人の呼吸、心拍、さらには感情変動までを読み取り、

 先読みで殺傷に至るシーケンスを完了する――まさに“沈黙の殺人者”。


 


 ガーベラは、再び空を見上げた。


 


 「目的はユリ……いや、正確には“その力”。

  となれば――プロヴィスの中でも、相当上の判断だな」


 


 雨の中、黒いサングラスの奥の目が鋭く光る。


 


 「そして“影”は……試験。いや、“警告”か?」


 


 ガーベラの脳裏に、かつて見たあの研究所の記録が蘇る。

 アスターが囚われていた、“あの場所”の記憶。


 


 「連中、動き始めたな……」


 


 懐のホルスターから銃を確認する。

 装填。セーフティ解除。

 雨音の中で、微かに金属の音が鳴った。


 


 「――アスター。……お前も、感じてるか?」


 


 誰に聞かせるでもなく、ガーベラは呟いた。

 血の気配が近づいている。

 すぐそこまで。


 


 だが今回は、

 「すべてを守るための覚悟」が、

 最初から整っていた。


 


 雨音の中、ガーベラの背はすっと立ち上がる。

 背中には、再び“探偵”としてではなく――一人の“父”としての決意が宿っていた。


 


 「……よし。プロヴィスの下水ルートにもう一度潜るぞ。

  目撃証言と一致する獣人の影も、この付近にいる……」


 


 その視線の先には、

 別の獣人がひとり、雨に紛れて、こちらを“見ていた”。

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#アンチューサ #獣人 #群像劇 #記憶の物語 #友情と再会 #ヒューマンドラマ #近未来SF #静かな感動 #花言葉 #風と光 #感情の再生
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