第四話「影の足音」
昼過ぎ、町は穏やかな日差しに包まれていた。
パン屋の裏庭では、ユリが小さな鉢植えに水をやっていた。
「……ふふ、今日はいい天気」
銀色の髪が陽にきらめき、ラベンダーの香りがふんわり漂う。
けれど、その背後から――じっと、アスターが彼女を見つめていた。
「ユリ」
「うん?」
「今日は、ひとりで外出する予定、ある?」
「え? ……うん。花屋に少し行こうと思って。
新しい鉢植えの土を注文してるの。アスターも来る?」
「もちろん」
ユリは少しだけ驚いた表情を見せた。
「……めずらしいね。アスターが“来る”って言うなんて」
「いや……なんか、変なんだよ」
「変?」
アスターは空を見上げた。
風の音、鳥の声、人々の気配。
一見、何もおかしくない。
でも――
「さっきから、音がしすぎる。……いや、逆に、“音がしなさすぎる”んだ」
「……?」
「感覚的な話だけどさ。オレの勘って、けっこう当たるんだぜ?」
ユリは少し笑って、それでも頷いた。
「うん。……じゃあ、アスターの勘に従ってみる」
そのとき、誰も気づかないところで、
街灯の上に、ひとつのドローン型の監視端末が動きを止めた。
*
花屋へ向かう道は、人通りがやや少なかった。
アスターはユリの車いすを押しながら、周囲を警戒するように歩く。
何かが――確実にこちらを見ている。
そして。
「――ユリ、止まれ!」
アスターが咄嗟に車いすを押す手を止め、ユリごと身を庇うようにして横に飛びのく。
直後。
彼らの歩いていた路面に、何か鋭いものが突き刺さった。
ガコンッ――!
金属音とともに、足元のアスファルトが穿たれる。
「っ……今の、なに?」
「来たか……」
煙の中から、**“影のような人影”**が姿を現す。
黒い防護服に覆われ、顔は完全な仮面で覆われている。
無音。無表情。無感情。
その存在は、どこか“人間ではない”印象を与える。
アスターは前に出て、手のひらに隠し持ったナイフを指先で遊ばせる。
「……プロヴィスの連中だな。まさか、ユリを狙ってるってわけか?」
仮面の人物は答えない。
ただ、腰に下げた短剣を抜き、アスターに向かって構えた。
静かな殺意だけが、そこにあった。
「ユリ、後ろに下がってろ。これは……話し合いじゃ済まねぇ」
「気をつけて……アスター」
その声に応えるように、アスターは一歩踏み出す。
赤いフードが風に揺れ、目元が鋭く光る。
「オレの大事なやつに、指一本触れさせねぇ。
それが、オレのルールだ」
次の瞬間――刃と刃が火花を散らした。