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アンチューサ  作者: クロス
第1章:雨の音が消えるとき
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最終話「雨の音が消えるとき」

 その夜、ガーベラは静かに空を見上げていた。

 パン屋の屋上――手すりにもたれ、煙草に火をつける。


 


 「……降ってねぇな」


 


 煙の代わりに、白い吐息が夜空に溶けていく。

 曇り空だった数日間。冷たい雨が続いていた。


 


 けれど――今は違う。


 風がやんで、空には星が瞬いている。


 


 ガーベラのすぐ後ろ、誰かが階段を上ってきた。


 


 「……アスター」


 


 赤いフードを肩に下ろし、アスターが静かに歩み寄る。


 


 「よう。父さん」


 


 「“父さん”かよ。ずいぶん素直になったな」


 


 「オレだって、ちょっとは変わるんだよ」


 


 ふたりは並んで夜空を見上げた。


 


 しばらく無言が続いたあと、アスターがふと呟く。


 


 「ここ数ヶ月……ずっと、雨の音がしてた気がするんだ。

  頭の中でも、胸の奥でも、どこかでずっと……止まなかった」


 


 ガーベラは煙草を地面に落として踏み消した。


 


 「それが……今は?」


 


 アスターは目を閉じて、ゆっくりと答えた。


 


 「……やっと、静かになった」


 


 心をふちどる雨音が、ようやく消えて――

 代わりに、あたたかい“声”が聴こえるようになった。


 ユリの声。仲間たちの声。

 そして――父の、静かな安心。


 


 「ありがとう、父さん。……オレ、もう大丈夫だよ」


 


 ガーベラはただ、黙ってアスターの頭をぽん、と撫でた。


 


 その手の重さが、何よりの答えだった。


 


 *


 


 朝が来る。


 静かに、透明な光が街を包む。


 どこかでパンの焼ける香り。

 子どもたちの笑い声。

 そして、ユリの微笑み。


 


 雨はもう、どこにもなかった。


 


 それは確かに――


 雨の音が消えるとき。


 


 ――第1章 完

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#アンチューサ #獣人 #群像劇 #記憶の物語 #友情と再会 #ヒューマンドラマ #近未来SF #静かな感動 #花言葉 #風と光 #感情の再生
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