第二十五話「遅れてすまねぇ」
その朝、雨は止んでいた。
パン屋の外では、焼きたての香りがうっすらと漂い、
地下の隠し部屋では、アスターが目覚めてまだ間もない空気が残っていた。
ユリがラボから戻り、静かにアスターの手を握っている。
ライラックが窓辺で花瓶に水を注ぎ、
ガルビネアが小麦粉をこねながらも、時折そっとアスターの様子を覗いていた。
ルピナスは通信端末を操作し、微弱な信号を拾っていた。
「……なんだ、これは」
不安定な帯域から断続的に届く音声。
雑音に混じって、かすかに聞こえる――
>「……コバ……だ……こっちは……生きてる……!」
その名を聞いた瞬間、ガーベラの動きが止まった。
「……嘘だろ……!」
ドアが、**バン!**と音を立てて開いた。
誰もが振り向く。
そこに――いた。
全身を泥と煤で汚し、片方の腕を吊ったまま、
皮膚には裂傷、脚には血がにじみ、
でも――確かに、そこに立っていた。
「……よう」
バコバは口元をゆがめて、いつもの調子で、でもかすれた声で言った。
「遅れて、すまねぇ」
ユリが目を見開き、ライラックが口元を押さえる。
ルピナスは端末を閉じて小さく頷いた。
アスターはまだ動けず、ベッドから彼を見ていた。
「……バコバ……」
その一言で、バコバは――
「よう、ボウズ。……生きてんじゃねぇか。
オレの命張った甲斐、あったってモンだ」
静かに、笑った。
ガーベラは、何も言わず近づくと――
バコバの肩を、思い切り殴った。
「いてッ!!てめぇ、腕折れてんだぞ!!」
「うるせぇ。オレはお前を信じてなかったわけじゃねぇ」
「じゃあ何で殴んだよ!」
「“無事でいてくれてありがとう”って言葉、
お前はきっと殴られた方が伝わるだろ?」
バコバはポカンとし、次の瞬間――声をあげて笑った。
「……あー、クソッタレ……
ほんと、いいチームだなお前ら……!」
ガルビネアがこっそり包帯とパンを用意して手渡す。
「まずこれ巻け。それからこれ食え。
それから……ちゃんと“帰ってきた”って、あいつに言ってやんな」
バコバは頷いて、アスターの元へ近づく。
「おかえり、アスター」
その声は、
アスターの胸にまっすぐ届いていた。
「……ただいま、バコバ」
朝の光が、ようやくこの場所にも差し込んだ。
仲間が、全員そろった。