第二十二話「夜明けを待つ部屋で」
都市の外れ、廃棄された地下線の旧整備庫。
もともとプロヴィスの物流ルートだったそこは、今は仲間たちの臨時拠点だった。
「呼吸、正常。脈拍も落ち着いてきている」
ルピナスは小型スキャナを握りながら、簡潔に言う。
アスターは医療用の寝台に横たわっていた。
コードも拘束具も外された今、彼はようやく“ただの少年”の顔を取り戻していた。
額には薄い汗。だが苦しむ様子はない。
「今夜が峠だろうな。ここを越えれば、意識が戻る」
ガーベラは椅子に座ったまま、微動だにしない。
右手には冷え切ったコーヒー。
左手は、アスターの小さな手を握っていた。
「眠ってる間に、またあいつがどっか行っちまいそうでな……」
ガーベラの声は、ひどく低くかすれていた。
ルピナスは言葉を返さず、そっと隣のベンチに腰を下ろす。
「……バコバ、戻ってこなかったな」
「ああ。でもアイツは、死んじゃいねぇ。絶対に」
ガーベラは断言するように言った。
どれだけ重傷を負っていても、どんな地獄の中にいても――
バコバという男は、「帰る」約束を守ると信じていた。
「……なぁ、ルピナス」
「なんだ」
「オレ、あいつを……本当に助けてやれるのかな」
沈黙。
ルピナスは少しだけ息をつき、天井の壊れた蛍光灯を見上げる。
「“助ける”という言葉の定義にもよる。
だが――少なくとも、“奪い返した”ことは事実だ」
「……ああ。そうだな」
アスターの瞼が微かに動いた。
それに気づいたのはガーベラだった。
「アスター……?」
静かに、少年のまぶたが開かれる。
焦点はまだ曖昧だったが――確かに、そこには“意識”があった。
「……ぅ……ここ……どこ……?」
「寝てろ。まだ何も話さなくていい。
オレたちはお前を迎えに行った。それだけでいい」
アスターは、目を閉じて、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……迎えに……来てくれたんだな……」
「当たり前だ。父親だからな」
アスターの瞳が、わずかに潤んだ。
その言葉は、記憶より先に――心に染み込んでいった。
ルピナスは立ち上がり、端末に手を添える。
「一時的な覚醒だ。まだ深い眠りに戻る。
でも、回復は始まっている。大丈夫だ」
ガーベラはアスターの頭をそっと撫でた。
「……帰ってこいよ、アスター。
もう二度と、ひとりになんてさせねぇからな」
白い医療灯の下。
夜が、ゆっくりと明けようとしていた。