婚約破棄を目論んだ令嬢は 〜破滅の巨大ロボで作る二人きりの完璧な美しい世界
「ヘルガ=フォン=マイヤー!お前のような女とはこれまでだ!妹のレティーナに対する行いを私が知らないと思ったか!?」
ヘルガの婚約者にして皇太子のアルフレッドが鋭い双眸に怒りと憎しみを湛えている。
王立学園の卒業間近のパーティの最中、急に始まったのは身に覚えのない断罪だった。
「わたくしはその様なことは……! レティーナ! 何故そんな嘘を!?」
「ああ……なんて怖いお顔! アルフレッド様、わたし怖いわ」
甘い香りが漂いそうなストロベリーブロンドの腹違いの妹。
彼女はヘルガとよく似た色合いの緑色の丸い瞳から涙を溢れさせ、隠れるようにアルフレッドの腕に縋る。
その豊かな胸元で首飾りの蒼玉が光を散らす。
彼女と皇太子を隔て立ち塞がるのは宰相の自慢の息子に、騎士団長の長男、魔法学の教師に、最近羽振りの良い伯爵の息子だ。
その後ろをアルフレッドの護衛のための近衛騎士たちが隙なく並んでいる。
周りには多くの同級生が敵意ある顔でヘルガから距離をとって場を見つめていた。
固唾を飲んで状況を見守りながらも、その顔にはヘルガに対する侮蔑や野次馬的な好奇心が隠しきれない。
「ヘルガ、お前との婚約を破棄させていただく!」
アルフレッドの声が、高い天井に反響して響いた。
♢♢♢
ヘルガの生母、テレーズ=フォン=マイヤー公爵夫人が病に倒れ亡くなってからひと月も経たないうちに連れられて来たのは、貧しい男爵家出身で一時期公爵家で使用人をしていたアメリエと、その娘のレティーナであった。
小柄で少女めいた雰囲気の美しいアメリエと、よく似た人形のように愛らしいレティーナ。
腹違いの妹の瞳の色を見て気がついた。彼女は確かに公爵家の血を引いていた。
継母のアメリエは甘ったるい声で父の公爵に何でもねだり、ヘルガから母の形見の蒼玉の首飾りすら奪い取っていった。
そして継母がそれに飽きた頃、レティーナは母親にねだってその首飾りを常に身につけるようになった。まるでヘルガに見せつけるように……。
♢♢♢
その首飾りは今も義妹の胸元で光っている。
レティーナは皇太子の腕を掴みながら目を細めてヘルガを見つめる。
その頬は興奮に上気し、愛らしい口元を歪め、キラキラと悦に入った瞳は潤んでいる。
(レティーナ……この状況を作ったのは貴女なのね)
ヘルガは直感した。
ヘルガの持つもの全てを欲しがっていた義妹。
「お姉様……素敵なものをお持ちですね。これ、くれますよね?」
(それがあの子の口癖だった)
逆らうと父に告げ口され、父から叱責をされるのだ。いつしかヘルガは言われるままに妹に何でも差し出すようになっていた。
「だってお姉様がもっていると素敵に見えるんですもの」
(まさか……)
「この方が……お姉様の婚約者なんですか?」
怖いくらいに真っ直ぐにアルフレッドを見ていたかつての妹の顔を思い出す。
その時の無表情な顔からは感情が読み取れなかったが……。
「そして……」
アルフレッドは続ける。
「俺はレティーナと結婚する! そしてお前は国外追放だ!」
「なんですって!?」
声を張って宣言した皇太子の言葉に喰ってかかったのは、何故か今まで蕩けそうな機嫌の良い笑みで断罪される姉を見つめていたレティーナだった。
「え……レティーナ? いきなりどうしたんだ?」
「どうしたじゃないわ! どうしてお姉様を国外追放するのよ!」
「お、落ち着け――!」
レティーナは柔らかく広がるストロベリーブロンドを乱しながら肩を掴んだアルフレッドを睨みつける。
「いや! 私に触らないでよ! 女ったらし! リリアーナともアリアンティとも隠れて付き合ってるの知ってるんだから!」
「な……何でそれを!」
「あそこにいる奴らも! 賭博に興じたり、違法な魔法薬でラリったり! お姉様を任せられる奴なんてこの学園にも、貴族の中には誰もいなかった! いっそ……わたしが!」
レティーナの言葉に男たちが狼狽える。
「お、お前は何か勘違いしてるんだ……そうだ、そうだよ、な?」
「うるさい! けだもの!」
レティーナは感情任せに狼狽するアルフレッドを突き飛ばした。
「殿下!」
遅ればせながら近衛兵たちがレティーナを取り囲んだ。
「く……」
情けないことに受け身も取れなかったのか、アルフレッドは意識を朦朧とさせている。
(いったいどういうこと?)
てっきり義妹がヘルガの婚約者を欲しがって、この茶番を始めたと思ったのに。
「連行しろ……! 念のため姉妹揃ってだ!」
「まさか皇室に対する謀叛か……!?」
レティーナを後ろ手に縛り上げた近衛兵たちがジリジリとヘルガを追い詰める。
「離せよ! クソども!」
最近ではすっかり聞かなくなったレティーナの低い声。平民から貴族になったばかりの頃によく聞いたはすっぱな声が耳にうるさい。
ヘルガが丁寧に直したはずの発声と言葉遣いはすっかり忘れたように喚く。
「お姉様! お姉様! お願い! お願い!」
自分と同じ緑色の瞳が縋るように、ただヘルガだけを映し出す。
その疑うことすらせずに、ただ義姉が自分の願いを叶えてくれると信じる無邪気ですらある瞳に、ヘルガは幼かった頃の妹を見た。
「うるさいぞ! 黙れ!」
近衛兵の一人が拳を振り上げた。
「レティーナ!」
思わず駆け出して小柄なレティーナの頭を抱え込んだ。
――ゴッという頭への強い衝撃に、抱えた小柄な体ごと床に倒れ込む。
「お姉様……血が」
レティーナを見下ろし、ヘルガは姉としての矜持を持って微笑んだ。
「平気よ。わたくしは平気」
そう言いながら微笑むが、ぬるりと生暖かく粘性のある液体がヘルガの白磁の頬をつたい、顎からポタリポタリと落ちた。
「あ、汚れる……」
亡き母の形見の青い宝玉についた血を指で拭き取ろうとそっと手にした途端
――一瞬目の眩む光が建物内部を照らした。
「きゃあ!」
「何だ!?」
唐突な光に涙が滲む視界の中、レティーナの下げた首飾りが脈動するように明滅していた。
「魔道具か? あれを奪え!」
近衛兵の隊長の言葉に、部下たちが姉妹に殺到した。
男たちの手が二人に触れる寸前。
「何!?」
男たちが見えない壁に弾かれたようにタタラを踏む。
二人の体は宙にふわりと浮いた。
蒼玉の首飾りは先ほどよりも強く瞬き輝いている――何かを訴えるように。
――次の瞬間、大地が割れたと錯覚する轟音と空気の振動に包まれる。
「きゃあ!」
「何!? 今度はなんなのよ!」
思わず抱き合う姉妹に暗い影がさす。
何もかもわからない中で建物の天井がバラバラと落ちて、砕けた大きな石の柱が何人かの生徒の上に注ぎ、床に赤い液体がぶちまけられていく。
ぽっかり大きく開いた天井越しの青空を背景にソレはいた。
三階建ての建物にも匹敵する人型。黒鉄巨体。但し体は角張った全身鎧のようなもので覆われ、目にあたる部分が青く光る。
「これは……まさか」
かつて国を救った守り神――巨神兵器シュバルツバルト――その伝承で伝えられた姿に似ている気がした。
異母姉妹はそのまま巨神兵器の胸の中に吸い込まれた。
♢♢♢♢
巨神が立ち上がる。
「いけ! 何でもいい! 攻撃しろ! 殿下をお守りするんだ!」
部下の半数を瓦礫によって失った近衛兵長は尚も戦意を失っていなかった。
「逃げましょう!」
「ダメだ!」
「しかし、殿下はもう……」
顎から上を潰されたアルフレッドは、治療のしようもなく絶命していた。
魔法の炎も氷も電撃も巨大な兵器の前には僅かな傷跡一つ付けられない。
ズズ……と瓦礫と転がった人体を引き摺りながら、黒い大きな足がゆっくりと持ち上がる。
「あ――に、にげ…………」
近衛兵長のあまりにも遅い撤退の判断は、途中で潰された。
黒い腕が風を切りながら横凪に振られる。
壁が破壊され、瓦礫の雨が室内……とはもう呼べない空間に降り注ぎ、残りの命の数を減らす。
――足が持ち上がる。
――下ろされる。
逃げ惑う生き残りの女生徒の背中を、青い無慈悲な目が捉える。光の束が巨大な頭部と女生徒を結び、後には焦げ跡だけが地面に残っていた。
♢♢♢
「やめて! お願いレティーナ!」
「いやよ!」
操縦席にはレティーナが座っていた。
国軍が出動したが、レティーナはその頃には意のままに巨神を動かせるようになっていた。
地平線の端から端までを光が貫き、拳は脚は次々と人を血飛沫に変えていった。
「この世界は汚れている! 私は知っている! 平民の頃からどれだけ嫌な思いをしたか!」
「もうやめて! お父様!」
「貴族になっても変わらなかった! 全員が自分のことばかり考えていた!」
その言葉の直後、遠くに見えたマイヤー公爵家の屋敷が消し飛んだ。
「ああ! お父様! お父様!」
「あはは! いい気味! わたしにまで手を出そうとした変態! くそビッチもこれで消えた! あは、あははははは! ……でも、まだまだ足りない。この世界はただ一人綺麗なお姉様にまだ相応しくない!」
「やめて!」
「お姉様! 愛してる! わたしお姉様さえいれば良いの! あはは! あははははははは!!」
♢♢♢
「お姉様、美味しそうな果物を見つけたわ。食べて」
人の構築したもの、巨神以外のすべてが失われた世界で、狂った女は今日も自らの神に食べ物を供え続ける。
「巨神を使って狩りに行ってくる。ゆっくりしてて。そうだ、綺麗な花畑も見つけたわ。お姉様の髪の色に映える白い綺麗なお花なの」
ボサボサの赤みの強いブロンド髪の女は、川から水を飲む獣のように四つん這いでかつて義姉だったものの残骸に口付けた。
世界が浄化された後、優しいヘルガは何も口にしなくなり、あっという間に痩せて動かなくなってしまった。
白い肌が黒ずんできて臭くなった姉を花で覆い、いつでも食べる気になったら食べられるように食べ物を近くに置く。
「優しいお姉様、愛おしいお姉様……」
少女は歌うように幸せを口にする。
その声に応える人はもう誰もいない。風が花を散らし孤独な骸を曝け出した。
読んでいただきありがとうございました!
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(>人<;)
うーん、イマイチっ!と思ったら星は少しで良いです
(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
最近はこんなのも書き始めたので紹介します。
「レビュアーだけど語り足りないので語らせろ〜底辺レビュアー日記」
https://ncode.syosetu.com/n6312kh/
異世界転生恋愛も書いていますが、ちょっとサボってしまってました。もう少ししたら再開するので、そこでも皆様と会いできたら嬉しいです!