文化祭へ向かう
「茜、どれくらい宿題終わった?」
「は、半分くらい…?」
そう言って翔也の家のテーブルの上に課題を広げてみせる。
「全然終わってないやんけ!」
「暇がなかったんだよぉぉお!仕方ないだろ!!」
馬鹿な言い争いを横で見ている女の子二人は何を思っているのか、冷たい眼差しを送っている。
そんな中でも二人は会話を続けていた。
「お前はどうなんだよ!」
「これだ!」
ドン!と俺のに重ならないようにプリントを広げる翔也。俺と全く同じで白紙だった。
「いや何をしてんの?」
「俺たちは夏休み何をしてたんだ?」
互いの動きが止まり、見つめ合いながら質問するその図はかなりキモかった。
見兼ねた女の子は丸つけ済みのプリントをそれぞれに差し出した。
しっかりと礼をしてスラスラとペンを走らせる。
ーーここでポイントだ。
わざとミスる、というのはもう古い。逆張りでわざと全てを正答にする。今はあえてこの方法をとるべきだ。
昼頃から書き続けること3.4時間。
「っしゃ〜〜!!終わったぁぁあぁぁ!!」
二人はほぼ同時に書き終え、加えて順と静華へ感謝をしっかり伝えた。
そして最後に、翔也と順に、静華と茜が持ってきていたギターで演奏をして見せた。
静華は物静かで神秘的な音色で、ひとりじゃどうしようもなくぽっかり空いている部分を茜が埋めるようにサポートをする。
二人は今のところこれで出来上がっている。
「茜ってサポート的な感じなの」
順が疑問に感じたらしく、弾き終えた2人に聞いてみる。
やっぱりバレるものなんだな。
「おう、サポート系だね。」
「あ、茜さん…めっちゃギター上手!夏休み序盤から練習してこの上手さはもう、才能っていうか!!」
「いやー!ありがたいねえ。女の子の師匠が2人もいりゃ上達するよ俺でも!!」
ケラケラと笑う茜。付け加えて文化祭のことを何となく聞いてみた。
「曲って夏休み開けてから決めりゃいい?」
「そうだね。ゆ、有名どころでもいいかなって思っててて…」
茜は静華の言葉に対して相槌を打った後、YouTubeで『ギターで弾ける有名な曲』と、安直すぎる検索をかけた。
「???」
色々なサムネがぞろぞろと出てきて何が何だかよく分からず、静華へ寄った。
「あ、これ…」
すると静華が何かに反応した素振りを見せた。
「知ってる奴?」
「私これ、練習してたやつ…!」
「まじ?」
「うん!弾いてみるから見てて!!」
素早く立ち上がってギターを持ち、弦を弾き始める静華。 静華が珍しく声量を上げて駆け出す瞬間を見た3人は何故かほっこりしたり。
見事な演奏を終え、静華は思わぬ行動をまたもやみせたーー
「「?!!」」
翔也、順は驚く。
静華は茜の左手に飛びついたからだ。加えて言うなら、抱きついている。
「お…、、っあ、ぁ」
声にならない声を出し、目の焦点が合わない茜は正直に「一っっ…生!この時間が続いて欲しい…!」と心の中で切実に叫んだ。
「…!!」
自分がやっていることに少し羞恥を感じた時、不意に静華は茜の指を見た。
その指は少し前まで保湿を欠かさず、綺麗に保たれていたのに、今では血が滲んでいたり、皮が剥けていたりした。
この指じゃ恐らく手を洗う時やお風呂の時など、染みて痛いだろうなということは容易に想像できる。
「茜さん…指が、」
静華は手のひらを少し上へゆっくり持ち上げた。
「あ、あぁ!ずっとやってるとこうなっちゃってさあ!痛くないから!!」
私はバッグの中から医療袋を見つけ、絆創膏やクリーム類を取り出して塗ってあげた。
スリスリ…と擦る音が静かな部屋に響いたため、なんか気まずくなった。
「私もギター、ひ、弾いてるので…痛いっていうことは分かるんです」
ーーどうやら嘘を見抜かれたらしい。
ここは正直に謝っておこう。
「ごめん。ありがとう!」
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夜九時頃、皆と解散して家に帰ってからしばらく。
「そこは下の弦に指がつくまで弾けばいい。」
スマホの向こう側から琴姉の声が聞こえてくる。
「なるほどね」
茜はそう相槌を打った。
少しの間だけテストのような感じで曲を弾いていた。
夜なのでそんなに昼の時の練習と比べ、激しく演奏は出来ないが、それなりにも音は出している。
ーー弾き終えると、琴姉からの賞賛が聞こえてきた。
「にしても上手くなったな、茜。そっちはそろそろ夏休み終わるだろ?弾く曲も決めないとな」
なにか考えてる曲あったりするか?と追って質問を受け、それに答えようとする。
「何となくなく曲は決めてるんだよねえ。」
茜には静華にも言っていない計画があった。話に聞く限り、静華はなんかしらの曲を引いて恥をかいたらしい。
ならその曲を今回は1人ではなく2人で弾いてやる。
茜はそういう心構えをしていた。
「ん、じゃあな。そろそろ夏休み終わって大学も始まるしな。自主練サボんなよ」
「うす!」
琴姉に見えていないところでも、俺は拳を握ってポーズを取った。まあ雰囲気作り。
琴姉はほんと、いい先生だ。
※※※
「宿題しっかりやったの?」
「やったよ。安心して」
学校登校日の朝、台所で家事をしている母親は遠くから俺へそう問いかける。自称地獄耳の俺はしっかり聞こえていた。
「なんか…ウキウキだね?」
今度はソファで髪を整えていた妹が少し振り返ってきた。
「我が妹よ。お兄ちゃんは学校に行きたくてたまらないんだよ。好きな人もいるからな」
「へー…どんな人?」
「デレるときデレて…あとはちょい面倒な所があるらしい」
少し振り返ってた妹の顔が、かなり引きつったものになって完全に俺の顔を直視していた。
「大丈夫だって。愛情表現はしっかりしてるから」
「余計心配だわ…」
下がったテンションでそう呟くと、再度髪のケアをし始めた妹。
ーー玲奈にも好きな人…、、ぶっっ!好きな人っ!!
口の悪い玲奈の好きな人、と思うと少しだけ吹いてしまって口元を左手で隠すように抑えた。
足もバタバタさせ、その余動で俺は駅に向かって走り出した。