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第七話 お狐様・リィン


「いらっしゃい。ここが、私の家だよ」


 リィン。


 この山を治める神様――そう自称する男性に連れられ、私は彼の“家”へとやって来た。


「……趣のあるお宅ですね」


 草木の拓けた場所。


 そこに、小さな祠が一つあった。


 かなり年季が入っており、言い方は悪いが、ボロボロだ。


「お前ー! 神様の家を馬鹿にするな!」

「わわっ、キルル、怒っちゃダメだよ。また捕まっちゃうよ」

「ねー、ボロボロだよねー」


 一緒に付いて来たカマイタチの三兄弟が、そう言う。


 ちなみに、三人の名前は、強気な男の子がキルル、弱気の子がトト、マイペースな子がピアというらしい。


「随分と昔に作られて、それからは放置されてしまったからね。時々、アヤカシ達の中から修繕をしてくれる者も現れるのだけど……ここ最近は、この山のアヤカシも減ってしまってね」

「僕達も直したいんですけど……上手くできなくて」


 トトがしょんぼりと言う。


「では、リィン殿がご自身で直せばよいのでは?」

「神様はね、自分で自分の家を作ったり直したりはできないんだよ。不便だけど、人から奉られる存在である以上、仕方がないからねぇ」


 困った困った、という風に溜息を吐くリィン。


 ……それは神様に共通するルールなのだろうか? それとも、彼が勝手に言っているだけなのだろうか?


「ま、それはさておき。ようこそ、新たな住人よ。そういえばまだ名を聞いていなかったねぇ」

「シルフィアです」

「シルフィア。約束通り、君を持てなそう」


 言うと同時だった。


 リィンの持ち上げた右手の指先に、火が灯った。


 突然の現象を前に、私は驚く。


「これは《狐火》。君達人間の認識で言うなら、魔法というやつさ」

「魔法……」


 王都で騎士団に所属している関係上、私も魔法使いや魔術師を多く見て来た。


 しかし、何の呪文を唱えずに一瞬で魔法を発現出来る者は、ほんの一握りである。


 ……疑念があったが、どうやら、神様というのも嘘ではないかもしれない。


「さて」


 リィンは、発現した《狐火》を地面に落とす。


 薪も燃料もないのに、炎は燃え続けている。


 正しく、魔法の炎だ。


「今朝ね、君への歓迎のために山の幸を採って集めておいたんだよ」


 どこから取り出したのか、いつの間にか、リィンの手の中に木の皮を編んで作ったザルがあった。


 ザルの中には、山菜やキノコ、タケノコなんかがどっさりと入っている。


「おお、新鮮な山の幸」

「ふふふ、良いだろう?」

「それで、この山菜をどのようにして調理を?」

「そんなのは決まっているさ」


 またいつの間にか、リィンの手に金属製の大鍋が出現していた。


「全て一緒に煮て鍋にする。豪華だろう?」

「そんなもったいない!」


 私は思わず叫んでしまった。


 いきなりの大声に、リィンもトト、キルル、ピアも驚いている。


「いや、すいません、もったいなくはないのですが、全部一緒くたにするというのは……ちなみに、お出汁は何を?」

「出汁? 川の清廉な水を使うだけさ。混じり気のない自然の滋味を堪能できるよ」

「やっぱりもったいない!」


 それはもう、単なる山菜の茹で汁でしかない。


 申し訳無いが、美味しくなるイメージが湧かない。


「すまないねぇ、何分、客人を招くなんて久方ぶりのことで、歓迎の仕方を忘れてしまって」


 そう言って、ショボンと落ち込むリィン。


 神様のくせに、何とも感情豊かな方だ。


「では、私が調理しましょう」

「おや? いいのかい?」


 リィンは、どこか待ってましたというような顔になる。


 私に料理をさせようとしてわざと誘ったのなら、大したものだ。


 まぁ、神様は自分ではなく他者から何かをしてもらわないといけないようだし、それならそれで仕方がないのだろう。


 何より、私自身、別に嫌ではない。


 ザルの中の山菜を見るに、中々良質な食材だ。


 それを調理出来るチャンスなど、擲つ理由がない。


「リィン殿、川の水は既に汲んできてあるのですか?」

「うん」


 またいつの間にか、リィンの手に水の溜まった桶があった。


 これも魔法だろうか?


「では、そちらの水も使わせていただきます」


 私は背負っていたマジックリュックを下ろし、中から調理器具と材料を出していく。


 鍋やボウル。


 それに、薄力粉、片栗粉、酢、塩、そして揚げ物用の油。


「それでは、皆も手伝ってくれるか?」

「え、お、お手伝いしちゃっていいんですか?」

「なんで俺達が……」

「楽しそー」


 折角なので、トト、キルル、ピアにも手伝ってもらう。


 まず、冷水で山菜を水洗いし、汚れを落とす。


 水分が残らないように、ペーパーを使って水気を拭う。


 一方で、ボウルに薄力粉、片栗粉、酢を入れて混ぜる。


 これで、“コロモ”は完成だ。


 同時進行で、鍋に油を注ぎ、《狐火》に掛ける。


「リィン殿、火力を調整はできますか?」

「もちろんだよ」


 リィンが力を込めると、炎の出力が一気に高まった。


 助かる。


 まず、強火で油を熱し、時間が経ったら、先程混ぜたコロモを一滴着けてみる。


 ……うん、底まで沈まずすぐに上がってきた。


「火力を落としていただいて大丈夫です」

「はいはい」

「では、トト、キルル、ピア、山菜を持ってきてくれ」


 先程水洗いし、切ってもらっておいた山菜を、三人が持って来る。


 ワラビにふきのとう、キノコ、タケノコ……うん、どれも美味しそうだ。


 それら一つ一つを順番に、コロモを付けて油に入れていく。


 じゅわ~と、食欲を誘う音と香りが周囲に漂う。


「こんな料理、初めて見たかも……」

「なんだ? ふわふわの綿みたいなものがくっついてる……」

「わー、すごーい」


 出来上がったものを油から上げ、油切りのバットの上に並べて余計な油分を落とす。


「よし、完成! 山菜の天ぷらだ!」


 山菜の天ぷら。


 キャンプに来たなら、一度は揚げ物をやってみたかったのだ。


 幸運にも、良いチャンスに恵まれた。


「ほほう、天ぷらだね。とても美味しそうだ」

「知っているのですか、リィン殿」

「神は全知全能だからね」


 得意げに言っている。


 でも料理は出来ませんよね? というツッコミはやめておこう。


「ではでは、早速」

「「「「いただきます」」」」


 私はまず、タケノコの天ぷらに塩を振り、口に運ぶ。


 ……サクッ。


「……ん~~!」


 流石、神様が採ったばかりの新鮮な山菜だ。


 コロモのサクサク感に加え、タケノコ自体の歯応えも抜群。


 味付けも塩だけなので、熱で強調された滋味が口の中に広がる。


 山奥の緑生い茂る自然の中で、正に自然を濃縮したような食材をいただく。


 貴重な体験だ。


「わわっ、おいしぃ!」

「……うん、美味い」

「サクふわだねー」


 トトもキルルもピアも、美味しそうに天ぷらを頬張っている。


「これは……ふむ、大したものだ」


 わらびの天ぷらを食したリィンが、感動したような表情を私に向ける。


「昨日ご馳走になったものもそうだったが、君は、とても料理の才能のある人間なんだね」

「そこまで褒められるとは……単なる趣味の一環ですよ。私なんかより才能のある人間はごまんと居ますし、王都に行けば飲食店を営んでいる方だって沢山います」


 大袈裟な褒め言葉だ。


 しかし、悪い気分じゃない。


 照れ隠しの意味も込めて、私はそう返す。


 そうこうしている内に、天ぷらはあっという間に皆のお腹に収まってしまった。


「あっという間に食べてしまったな。そうだ」


 私は、リュックからマシュマロを取り出す。


「食後のデザートにしよう」


 私は木の枝にマシュマロを刺し、《狐火》で簡単に炙る。


 マシュマロはすぐにふわっと膨らむ。


 その光景を見て、カマイタチ三兄弟は「わー!」と驚く。


「この炙ったマシュマロを、クラッカーで挟んで食べるんだ。あ、チョコも一緒に挟もう」


 私はクラッカーの間に板チョコとマシュマロを挟み、三人に渡す。


「ほら、甘くて美味しいぞ」

「わわ、美味しそう!」

「子供扱いするな! ありがとう!」

「ふわふわ~」


 三人は美味しそうにデザートを食べる。


 その光景が微笑ましくて、私はふふっと微笑を零す。


 なんとも、こんなに心が温かい気分になったというか、癒やされたのは、久しぶりだ。


「ふむ……」


 そこで、リィンが私をジッと見詰めている事に気付く。


「なるほど……これほどの上玉を、ここで逃がすわけにはいかないね」

「はい?」

「シルフィア」


 リィンは、至極真面目な表情を私に向ける。


 真剣な表情。


 人間離れした整った顔立ちでそんな風に見られたら、流石の私もドキリとする。


「な、なんでしょうか」

「お願いを聞いてくれるかい?」


 ガッ――と。


 リィンが、私の手を掴んだ


「私と一緒に暮らさないか?」


 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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