第五話 マッシュルームと小エビのアヒージョ、あと山の主
――私が騎士団をクビになり、デザンに婚約破棄を叩き付け、山に引き籠もってから、数日が経過した。
「ふぅ……食料を調達するにも一苦労だな」
風にざわめく木々の葉の下、私は背負っていたマジックリュックを地面に下ろす。
今日は、一時的に王都へと戻っていたのだ。
着の身着のままで飛び出した際に確保していた食糧も、もう底をつき始めていた。
背に腹は代えられない。
流石に一番賑わっている“王国市場”は避け、王都の出入り口から一番近くの商店街で食料を購入してきた。
無論、顔は隠していった。
もし誰か、デザンの息の掛かった者に見付かったら面倒だと思ったからだ。
「まぁ、何はともあれ」
私は、早速マジックリュックの上蓋を開ける。
以前にも解説した通り、このマジックリュックは、マジックボックスという魔道具に近い技術を用いて作られているため、見た目よりも多くの荷物を収納する事ができる。
更に、私はこのリュックに低温保存機能も追加している。
なので、野菜や肉等の食材も長期間、新鮮な状態で保存が可能なのだ。
「今日は朝食も抜いていたからな……まだ日は高いが、早速アウトドア飯をいっぱい楽しもう」
ふふふふふ、と、私は含み笑いを漏らす。
騎士団時代なら、こんな真っ昼間からお酒を飲むなどあり得なかった。
無職の身というのも、中々悪くない。
「さぁ、準備を始めるぞ……あ、ランスロット様はこちらにどうぞ」
マジックリュックから食器や調理器具、仕入れてきた食材、ランスロット様のぬいを取り出す。
ちなみに、先日発見したこの丸太も、上面を鉈で削ってベンチ状に加工した。
座り心地の良い平面になった丸太の上に、ランスロット様を座らせる。
「さて、今日は待ちに待った――」
その時だった。
ガサガサ――と、近くの茂みから物音がした。
獣除けは既に発動してある。
ならば、またあのウィングのような行き倒れか?
私は、物音がした茂みの方に視線を向ける。
「おやおや」
――茂みの中から現れたのは、一人の男性だった。
……思わず、目が留まってしまった。
その男性は、変わった衣装を着ていた。
どこかの国の民族衣装……そうだ、東方の国に伝わる和装……着物というものだ。
着物を纏っている。
髪は、それ自体が発光しているかのような神々しい白銀色。
ふわふわとクセのある長髪で、肩に掛かっている。
顔立ちも神秘的なほど整っており、化粧だろうか? 朱色の紋様が目元に浮かんでいる。
そんな中、一際目を引いたのは、頭部。
頭の上に、一対の耳が映えていた。
獣毛の生えた、狐のような耳が、ピンと天に向かって伸びている。
「貴殿は……獣人か?」
茂みから現れた男性は、何をするでもなく私を眺めていた。
どこか、興味深げに。
そんな彼に、私はハッとして、正体を確かめる質問を投げ掛けた。
「数日前から、良いにおいがしていたんだ」
一方、男性は私の質問に答えず、そんな返答を返してきた。
「君だったんだねぇ」
「数日前? ……貴殿も、この山に住んでいるのか?」
「まぁ、そんなところだね」
ふにゃりと、柔和な笑みを浮かべて男性は言う。
警戒心がホグされるような、柔らかい笑みだった。
「まさかとは思うが、この山の所有者……というわけでは」
「ん~、まぁ、そんなところだね」
男性は言いながら、丸太のベンチに腰掛けた。
なんと。
まさかこの山に、所有者がいたとは。
「これは失礼しました。未開の地と思い、勝手に住み着いてしまっていた」
「ああ、気にしないよ。別にお金を取るとかそういう考えもない。好きなように暮らしてもらって結構だよ」
その代わり――と、男性は言う。
「今から、何か作るところかい? 良ければ、私もご相伴にあずかっても?」
男性の言葉に、私は呆ける。
この山の所有者を名乗る彼は、私の作るアウトドア飯に興味がおありのようだ。
「別に構いませんが……本当に、私もここで暮らしていいのですか?」
「人が住み着くなんて久しぶりだからね。他の住人達と仲良くしてもらえるなら、歓迎するよ」
他の住人達……まさか、他にもこの山に住むキャンパーがいたとは。
知らなかった。
何はともあれ、所有者を名乗る男性から許可はもらえたのは良かった。
「ありがとうございます。では、お礼といっては何ですが、簡単な軽食とお酒をご用意させていただきます」
「うん、いなり寿司はあるかい?」
「へ?」
イナリズシ?
スシ?
異国の料理だったか、聞いたことはあるが……。
「ちょっとありませんね」
「そっか……」
男性はしゅんと落ち込んでしまった。
そんなに、そのイナリズシが食べたかったのか。
……今度材料を調べて、用意できそうなら作ってみるか。
「ひとまず、今の私が作れるものを用意しますね」
私は手早く焚き火を熾す。
「こちらのかわいい子は誰だい?」
「ランスロット様です。私の推しです」
「推し? ……ふむ、よろしくね」
白銀の男性は、隣に座るランスロット様を物珍しそうに眺めている。
一方――焚き火も熾し終わり、私は調理を開始する。
取り出したのは、今日王都で仕入れてきたばかりの食材――マッシュルームだ。
包丁で、マッシュルームを一口サイズに切り分ける。
更にブロッコリーと、皮を剥いたエビも用意。
スキレットにオリーブオイルを注ぎ、刻んだニンニク、鷹の爪を投入――火に掛ける。
「うん……良い匂いがしてきたね。正にこの匂いだ」
ランスロット様と戯れていた男性が、漂い始めたニンニクの香ばしい香りに反応する。
スキレットの中にマッシュルーム、ブロッコリー、エビを投入。
少し時間が経てば、熱の通ったマッシュルームは色付き、エビは赤く染まる。
最後に塩と、刻んだパセリを振り、お洒落に切ったレモンも添えて……完成。
「マッシュルームのアヒージョです、熱い内にどうぞ」
「おお、そうそう。先日も、これに似たものを作っていたね」
簡易テーブルを設置し、その上に耐熱シート(焚き火シートと同じ素材)を敷き、スキレットを置く。
ジュクジュクと音を立てるアヒージョを見て、男性は目を輝かせた。
この山に引き籠もった初日――カマンベールチーズのアヒージョを作ったのだった。
その時から、彼は私の存在に気付いていたのか。
「お酒はいける口ですか? よければ、ワインも一緒に」
「うん、気が利くねぇ」
魚介系アヒージョによく合う、スッキリ辛口系の白ワインも買ってきた。
グラスに注ぎ、男性に差し出す。
「では、いただきます」
男性は、まずエビにフォークを刺し、口元に運ぶ。
一口で一気に行くと、思った以上の熱さだったのか、ほふほふと口をぱくぱくさせ始めた。
「ん~……変わった食材だね、初めて食べたよ。魚の一種かい?」
「エビを知らないのですか? 魚、ではなく甲殻類ですね。味はどうです?」
「口の中が火傷するかと思ったよ。でも、濃厚で美味な味わいだ」
男性は続いて、白ワインを口に含む。
「……ふぅ……口の中がスッキリしたよ。実に危険だね。酒を飲んだら、この味の濃い料理を早く食べたくなる。食べたら、酒で口の中を洗い流したくなる」
「それが、美味と美酒の良い関係です」
「素晴らしいね。ふむ、どうだい? ランスロット様も一口」
「ああ、ランスロット様は食べられませんよ」
ランスロット様の口元に、男性はマッシュルームを近付ける。
もう若干酔っているようだ。
「冗談だよ」
ふにゃりと笑い、男性はマッシュルームを口に入れ「こんなに美味いキノコがうちの山以外にあったなんて……」と悔しがる。
私も笑いながら、彼と一緒にアヒージョに舌鼓を打った。
「ああ、美味しかった」
料理もワインも、すぐに無くなってしまった。
まだ食材には余裕があったので、追加で何か作ろうかと提案しようとした――その直前、男性はふらふらと立ち上がりながら言った。
「素晴らしい持て成しをありがとう。とても満足したよ。君が、この山に来てくれて本当に良かった」
「そんな大袈裟な……」
ワインも入り、私の頭もふわふわしている。
男性の言葉を受け、素直に嬉しいのと、照れ臭い気分になった。
「これは、私からのほんのお礼だ」
そこで、不思議なことが起こった。
男性が、近くの木に手を翳す。
すると、木の幹からググッ、とキノコが生えてきた。
見たところ、シイタケだ。
しかも、ただのシイタケではない……ぐんぐんと、驚くべき速度で膨らみ、男性の掌よりも大きなカサに成長した。
おばけシイタケだ!
塩を振って焼いたら、絶対に美味い!
「凄い……なんて肉厚なシイタケ」
「立派だろう? 君はキノコが好きなのかと思ってね」
ぷちっ、と柄を掴んで引っこ抜くと、それを私に渡す。
「この山は私の山だ。この山で取れる食材は、とても美味しいよ」
そう言って、男性はサクサクと茂みの奥へ向かって行く。
「明日、もう少し山奥に来なさい。今度は、私が君を持てなそう」
気付くと、彼は消えていた。
自宅に帰った……のだろうか?
「シイタケ♪ シイタケ♪」
しかし、お酒も入って完全に酔いどれモードに入っていた私は、既に彼よりもシイタケの方に興味が移っていたのだった。
ちなみに、直火で焼いた肉厚おばけシイタケは、キノコの旨味が凝縮されており――とても美味だった。
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