幕間 ウィングの凱旋
――その日、王都の中央区は歓喜と喧騒に包まれていた。
「モービーストーン・ギルドのBランク冒険者! ウィング=ハルケンベルトが、ローン山脈のドラゴンを単騎で討伐したぞ!」
興奮し、沸き上がる観衆達が左右に犇めく中を、一人の男が歩いている。
簡素な防具を身に纏い、腰に一振りの剣を佩く、まだ若い冒険者だ。
名は――ウィング=ハルケンベルト。
その背には、此度の任務で討ち取ったローン山脈のドラゴン――その一本角が背負われている。
「凄い……! 流石は新進気鋭の戦士と噂されるウィングだ! まさか本当に、たった一人でドラゴンを倒すとは……!」
「あんな装備で、ドラゴンの住む過酷な環境を登ったのか!? なんという頑強な肉体だ……!」
「今回の任務、一体どれほどの報酬か発生するんだ? 倒したドラゴンの主要な部位は、ほぼほぼウィング一人の手柄だろう?」
「ほとんどの素材はギルドに上納されるだろうが、やはりあの一本角はウィングが自分でもらうだろう。ドラゴンの角なんて、強力な魔力が宿っているはずだ」
「ドラゴン討伐依頼自体の報酬に加え、素材の換金……すげぇ、あの若さでとんでもない富を手に入れたぜ、あの小僧」
「流石冒険者稼業、夢があるな」
「こりゃ、Sランクに認定されるのも時間の問題だぞ」
王都に住む民衆達は、凱旋を果たしたウィングを見て口々にそう称賛の言葉を連ねる。
男達は羨望と嫉妬の入り交じった目を向け、子供達は憧れを宿した瞳をキラキラと輝かせる。
妙齢の女性達は、熱に浮かされた表情でウィングを見詰めている。
これが、冒険者という仕事。
命の危険が伴うが、大仕事を成し遂げれば莫大な財産を得ることが出来る。
だが――。
「………」
凱旋の道を歩むウィングは、そんな光景の中、一人別の思案に没入していた。
右腕を持ち上げる。
籠手の下に装着した、革手袋。
また、肩からマントのように羽織った焚き火シート。
これらを自分に渡してくれた、一人の女性――あの魔雑貨師のことを考えていた。
(……やはりあの方は、只者ではない……)
此度のドラゴン討伐が上手く行ったのも、全てこれら魔道具……いや、魔雑貨のお陰だ。
焚き火シートは、ドラゴンの火炎を遮断する完全な防御幕。
ドラゴンの吐息で熱され、高熱を帯びた武器も、革手袋のお陰で手放すことはなかった。
雪と冷気が襲う過酷な山脈も、あのブランケットにより全く苦ではなかった。
(……ただ、都会の喧噪から逃げてきたアウトドア好きの女性……などと自称していたが、とんでもない……)
そんなのは、世を忍ぶ仮の姿。
本当は、超一級の魔道具師に違いない!
「ウィング=ハルケンベルト!」
凱旋の道を進み、到着したのはモービーストーン・ギルドの本部。
その建物の前で、ギルド職員や他の冒険者達が並んでいる。
その中心に立ち、誰よりも先にウィングを出迎えたのは、ギルドマスターのデザン=モービーストーンだった。
「我がモービーストーン・ギルドの誇り! 絶対的エース! 難無くドラゴンを討伐し帰ってくるとは……流石! 私の見込んだ男だ!」
「………」
白々しい賞賛だ。
先日、婚約者に逃げられたばかりと噂が流れているくせに、ケロッとしているこの男は、相変わらず外面だけは良い笑顔と態度でウィングに相対する。
他のギルドに手柄を取られないよう、無理に受諾した任務を自分に押し付け、支援も無く現地に飛ばしたくせに。
成功したからよかったものの、もし失敗し帰っていたら、何と言われただろうか。
自分の肩に手を置き、大笑するマスターの顔を見て、ウィングは引き攣った笑みを浮かべつつ、内心では毒を吐く。
いや、今はそれよりも――。
「マスター、早速ではありますが、今回の任務の報酬、及び取得した素材の鑑定・換金を――」
「まぁまぁ、そう急くな! 仕事熱心なのは良いことだが、まずは君の任務成功を祝い、皆で宴と参ろうじゃないか! 既に準備は整えている!」
そう言って、デザンはウィングの肩に腕を回し、ギルド内へと向かう。
ギルドの中庭には、まるで宮廷の晩餐会のように、名のある料理人達と豪華絢爛な料理が並び、客人として招かれた貴族や富裕層の御仁達が既に酒を煽りながら歓談を交えていた。
ウィングの任務達成の速報が届いた時点で、もう席を用意していたのだろう。
また愛想笑いで挨拶回りか……と、ウィングは内心で溜息を吐いた。
――あの魔雑貨師殿に、早く会いに行きたい。
――此度の成功は、あなたのお陰だと――お礼と、追加の代金を払いに行きたい。
――そして、願わくば……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
冒険者、ウィング=ハルケンベルト。
彼が彼の望みとは裏腹に、シルフィアとの再開が叶うのは……もう少し、後の話。
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