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第四話 魔道具? いいえ、魔雑貨です


 早朝の山中。


 そこで出会った、行き倒れの男性――冒険者のウィング=ハルケンベルト氏は、素性を語る。


「俺が今回請け負った任務は、ローン山脈にて出現が確認された、あるドラゴンの討伐だった」

「ドラゴン……」


 私は、改めてウィングを見る。


 ドラゴン討伐なんて、並の冒険者に請け負える任務ではない。


 彼は、恐らく相当高ランクの冒険者だ。


「依頼元から送られてきた情報から察するに、ターゲットはまだ幼体のドラゴンだ。早急な討伐を希望されていたのと、俺の所属するギルドが功を焦ったというのもあるが、満足な準備も出来ない内に俺が派遣された」

「ハルケンベルト氏以外のメンバーは?」

「いない、俺一人だ」


 私は驚く。


 幼体とは言え、ドラゴン討伐をたった一人の冒険者に任せるなど――正気とは思えない。


「正気とは思えない……って顔してるな」


 おっと、真正直に感情が表に出てしまっていたようだ。


 目を泳がせる私に、ウィングは微笑む。


「うちのギルド、結構規模がでかくて名も知れ渡ってる有名どころでな。全冒険者の憧れなんて言われているが……実際、内情はかなりキツいところなんだ。こういう無理な任務も平気で押し付けてくる」

「……あの」


 何となく……嫌な予感がして、私は聞いてみる。


「ちなみに、貴殿が所属しているギルドの名前は……」

「ああ、モービーストーン・ギルドだ。すまないが、今俺が言った事は内緒にしておいてくれよ。こんな事でも、機密事項漏洩で罰則を受けかねないからな」


 困ったように言うウィング。


 一方、私は苦笑を浮かべながら内心では頭を抱える。


 デザンのギルドだ……。


 あの男、ちゃんと自分のギルドを運営できていないのか?


「何というか……その……冒険者も、大変なのだな」

「ああ。ところで、俺の身の上ばかり話してしまったが、あなたは一体……」

「私? 私は……」


 ここで事細かく事情を語っても、彼には関係の無い事ばかりだ。


 何より、デザンの元婚約者であったなどとは口にしたくない。


「ただのアウトドア好きだ。王都の騒がしさから逃れて、この山でキャンプを楽しんでいた」

「なるほど。だから、あんなに美味い料理も慣れた手際で用意できたのか。お見逸れした」


 ペコリ――と、ウィングは再び頭を下げる。


 見たところ、私やデザンよりも少し年下に見えるのに、しっかりした好青年だ。


「ところで……」


 そこで、ウィングは、先程まで自分が寝かされていたシュラフを見遣る。


「この寝袋……ただの寝袋とは思えないほど、ふわふわで寝心地が良かった。連日の疲労が、まるで回復魔法でも掛けられたかのように体から消え去ったのだが」


 肩をグルグルと回しながら、ウィングは言う。


 そうだろう、そうだろう。


 なんたって、高級寝具にも使われる黄金鶏の羽毛を使用しているからな。


「一体、どちらで手に入れられたのだ? いや、俺も一つ欲しくなってしまって」

「これは私の手作りだ」


 そう答えると、ウィングはパチクリと目を丸めた。


「手作り……あなたの?」

「ああ、ちょっと特別な素材を入手できるツテがあってな」


 ほら――と、私は、ブランケットを見せる。


「このブランケットなんかは、火鼠の毛皮を使用している。断熱性抜群だ」

「……あ、暖かい……冷気をほとんど感じない」

「それに」


 私は、焚き火を熾す際や調理を行う際に、手に嵌めていた革手袋も見せる。


「この革手袋も、ヘルカイトの皮膚を徹底的に鞣して作ったものだ。耐火性抜群。直接火に触っても火傷しない」

「………」


 ウィングは、手にしたブランケットと革手袋を見比べる。


 その目は、驚きと当惑に染まっていた。


「も、もしかして……あなたは、魔道具師なのですか?」

「魔道具師?」

「ええ、こんな凄いモノ、魔道具としか思えない」


 大袈裟な――と、私は笑う。


「私は魔道具師なんて大それた存在じゃない。本物の魔道具師なら、もっと凄いものを作るはずだ。私など所詮、趣味の延長で多少便利な雑貨品を作るくらいの……そうだな、あえて言うなら、“魔雑貨師”だ」

「魔雑貨師……」

「これらも、魔道具だなんてとんでもない。“魔雑貨”、くらいに呼ぶのが相応しいだろう」


 そう述べる私の一方、ウィングは何やら深く思案するように、顔を伏せている。


 口元に指を当て、ぶつぶつと、真剣な声音で独り言を連ねている。


「魔雑貨……だが素材的にも、性能的にも、防具として優秀過ぎる……これなら、ドラゴンの住む過酷な山脈も進む事ができるし……ドラゴンの息吹で武器が熱されても、取り落とす事もないのでは……」

「どうした? ハルケンベルト氏」


 私が声を掛けると、瞬間、ウィングはバッと顔を上げた。


 そして――。


「魔雑貨師殿! お願いいたします!」


 深く頭を下げ、懇願してきた。


「この素晴らしい魔雑貨の数々……俺に売ってはくれないだろうか!」

「え?」

「実は……今回、俺が挑む事になったドラゴンが住むローン山脈……俺が任務中断を余儀なくされた最大の難関は、環境……早い話が、寒さだった」


 ウィングは、腰鞄から小さな布袋を取り出す。


「今の俺の手持ち全てだ。ギルドからは補助も降りないので、装備類は自分で整えるしかないのだが、先刻言った通り時間も無く、尚且つ性能の良いモノも見付からず……」

「そ、そうだったのか」

「無論、この程度では足りないのはわかっている。俺がこの任務を達成した暁には、成功報酬から追加分も必ず払いに来ると約束する! 頼む!」


 深く深く頭を下げるウィングを前に、私も悩む。


 私の作った魔雑貨を評価してくれるのはありがたいが……果たして、本当にドラゴン討伐の役に立つレベルなのか……。


 過剰評価じゃないのだろうか?


 というか、デザンのギルド……命の危険さえある任務に赴く冒険者に、補助すら出さないのか。


 大分ブラックじゃないか?


「………」


 そこで、私の目に、古木の上に腰掛けたランスロット様が目に入った。


 特別仕様の防寒コート(ふりふり付き、私の自作)を纏ったランスロット様の大きな目が、私を見ている。


 ……そうだな。


「任務に赴く高潔なる戦士に、手を貸さぬ道理はない。その通りだな、ランスロット様」

「……魔雑貨師殿? ……誰に話し掛けているんだ?」


 小首を傾げるウィングに、私は革手袋とブランケットを渡す。


「助けになるかはわからないが、持って行ってくれ。それと――」


 加えて一応、焚き火シート(原っぱの上などで焚き火をする際に、雑草に火が燃え移らないよう敷くシート。燃えかす等の処理も簡単にできる)もマジックリュックから取り出す。


「これもヘルカイトの鱗を伸ばして作ったものだ。幅広い範囲を高熱から守れるだろうし、何かの役に立つのではないだろうか」

「……これは……頭からかぶれば、ドラゴンのブレスも耐えられるのでは」


 ウィングは、今度は地面に額が付きそうなほど一層深く頭を下げた。


「かたじけない! この恩は必ず、必ず返しに来ます!」

「ああ、まずは自分が生きて帰る事を一番に考えるんだぞ。報酬は、また思い出したらでいいから」

「そういうわけにはいきません! 魔雑貨師殿……ああ、いいえ、お名前は?」

「私は、シルフィアだ」

「シルフィア殿は、しばらくこの山に滞在されますか?」


 んー……まぁ、一応、その予定、で合ってるか。


 こくんと頷くと、ウィングは真面目な表情になって言う。


「シルフィア殿。このウィング=ハルケンベルト、必ずやドラゴン討伐の任務を達成し、王都に凱旋を果たします。報酬を受け取り、その足で必ずやこの山に戻りますので、どうかしばらくお待ち下さい」

「はいはい」


 それから少し話した後、ウィングは私の前から姿を消した。


 再度、任務へと向かったのだろう。


「さてと……」


 淹れた分のコーヒーを飲み干し、私は「ん~」と背筋を伸ばす。


 騎士をクビになり、婚約者に婚約破棄を叩き付け、自由に生きることを決意した日。


 その初日から、大変騒がしい朝だった。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 ――この時の私は、まだ知る由もなかった。


 私の魔雑貨を受け取ったウィングが、見事ドラゴンを討伐し――王都に大々的な凱旋を果たす事も。


 それにより、私の魔雑貨が――多くの人々に注目される事になる、という事も。


 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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