第二話 カマンベールチーズのアヒージョ、そして白ワイン
ランスロット様は、私が子供の頃から愛する英雄絵物語の中のヒーローだ。
王家に仕える最強の騎士。
その剣技は正に天下無双。
主に怪物退治の逸話物語が多く、東のレッドドラゴン、西のマウントゴーレム、北のホワイトホエール、南のクラウンエイプ――民を恐れさせる凶悪なモンスター達を、単騎で屠る姿に、子供の私は一発で心を射貫かれた。
以来、私は騎士の理想像として……ランスロット様を推す事に決めたのだ。
彼の姿を模したぬいぐるみは、私の手作りである。
推しのぬいぐるみ――略して、“推しぬい”だ。
「私はどうすればいいのだろう、ランスロット様」
困った時、悩んだ時、私はいつもランスロット様ならどうするだろう――そう考えてきた。
無論、偉大なるランスロット様なら、騎士をクビになるなどという不名誉を強いられるはずはない。
だから、私自身がランスロット様だったなら……等という驕り昂ぶった想像はしない。
ランスロット様なら、私に何と言ってくれるだろう。
そう考える。
「……誇り」
物語の中のランスロット様は、何よりも誇りを重んじる方だった。
例え王の命令でも、自分が納得できない事には絶対に従わなかった。
「……私の誇り」
王都に戻って、デザンに頭を下げる?
彼の言うとおり、彼の作るレールの上を歩む人生を送る。
――それは、誇りが許さない。
「私は、私の好きなように生きていく」
何もかも失った。
いや、失ったのではない。
自由という今まで手にする事のなかった財産を手に入れた。
そう考えればいい。
そう、今の私は自由の身だ。
騎士の仕事が忙しく、趣味のアウトドアにも勤しめなかった。
今はとりあえず、好きな事に身を任せるのはどうだろう。
そう思ったところで。
ぐぅ~~~と、お腹が鳴った。
「そうだ……結局、まともに夕餉も食べていなかったのだった」
デザンに婚約の破棄を宣言し、食事らしい食事をする間もなく料理店を飛び出したのだ。
そうだ、折角だし、やりたかった料理――アウトドア飯を作ってみよう。
「では、早速……」
私は、古木の傍らにランスロット様を置く。
そしてマジックリュックを開けると、中から食品類を取り出す。
騎士団の寮には基本的に食堂もあるのだが、個人で食料を買い込むことは別に禁止されていない。
何分、肉体労働。
私も夜中に小腹が空く事を想定し、保存できる食材を買い込んでいたのだ。
寮を出る際に、それも持ってきた。
「あった、チーズだ」
取り出したのは、カマンベールチーズ。
それと、食堂の従業員から分けてもらったフルーツトマト。
あと、買い込んでおいたオリーブオイル。
調味料の、ブラックペッパー。
加えて、調理器具のスキレットを取り出す。
スキレットは小型のフライパンのようなもので、フライパンよりも分厚く出来ており、温度を長時間保つ機能がある。
早い話が、鍋型の鉄板だ。
手早くシーズニングを済ませ、私はスキレットにオリーブオイルを注ぐ。
しばらく焚き火に掛け、オリーブオイルが温まってきたら、切れ目を入れたカマンベールチーズを投入。
オリーブオイルがジュクジュクと音を立て、瞬く間に熱が通ったチーズがトロォンととろけ出す。
ああ、もう既においしそう……。
最後に、切り分けたフルーツトマトをカマンベールチーズの周りに投入し、ブラックペッパーを振り掛ける。
「完成! カマンベールチーズのアヒージョだ!」
本当はにんにくやブロッコリーも入れたかったが、それはまたの機会にしよう。
私は早速、スキレットの中央に鎮座するチーズに、フォークを突き刺す。
持ち上げると、溶けたチーズがとろーんと伸びる。
「い、いただきます……」
熱々のチーズを、ぱくん、と口の中に放り込む。
「~~~~~~~~!」
美味しい!
とろけたチーズの濃厚な味わい!
少し焦げた皮の部分がいいアクセント!
「そうだ、パン! パンがあった!」
私はマジックリュックからパンを取り出し、二、三切れ包丁で切り分ける。
「フォンデュのようにチーズをパンに乗せて~♪ 熱の入ったトマトも一緒に~♪」
美味しいものを食べていると、ついつい上機嫌になってしまう。
私はチーズとトマトの乗ったパンを、一気に口の中に放り込む。
「あちゅっ! あちゅっ!」
はふはふと熱気を吐息で弱らせつつ、口に含んだ食材を味わい、喉の奥へと飲み込む。
「……ん、はぁ……美味しすぎる」
これは……。
これは、もう……あれを開けるしかない。
マジックリュックの中から、私はボトルを取り出す。
白ワインだ。
騎士団時代は、酒なんてほとんど飲まないようにしていた。
先程のデザンとの会食でも、彼は酒を飲んでいたが、私は普通の水だった。
グラスを取り出し、ワインを注ぐ。
一口――くいっと口腔に含む。
少し辛みの強い白ワインだ。
しばらく口内に含んで味わった後、コクリと喉に通す。
「……はぁ………………………………………………………控え目に言って……天国……」
顔が熱い。
焚き火、アヒージョ、ワイン……色んなモノに当てられて、体が熱を持つ。
ブランケットがちょっと熱く感じるくらいだ。
「……ふぅ」
美味と美酒を堪能する。
やがて酔いが回ってきたようで、頭がぽや~としてきた。
私は不意に、空を見上げた。
「……おお」
木々の隙間から見えたのは、満点の星空だった。
「綺麗だ……」
無心で、そんな言葉を呟いていた。
先刻までの怒りや不安など、どこへやら。
気付くと、心の中は生きる気力で満ち満ちていた。
「励ましてくれてありがとう、ランスロット様」
私は、隣に座るランスロット様のぬいに語り掛ける。
この夜、私は改めて実感した。
人生を豊かにするのはやはり、趣味と、美味と、推しだということを。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――その翌日。
野外で一夜を過ごした私は、朝食の準備をしていた。
再度焚き火を熾し、ドリップしたコーヒーを淹れる。
マグカップの中に揺蕩う黒色の熱湯に、クリームと砂糖を少々入れ、口に含む。
一口飲むだけで、目がサッパリ。
入れ違いに、朝の山の冷えた空気が、鼻腔を通り抜け肺に溜まる。
「さてと、朝食はパンと……昨日の残りのチーズを使うか。ああ、卵があればいいのに」
パンの上に卵を落とし、チーズを乗せて火に掛ける。
想像しただけで涎が出てくるが、今ここに無い食材のことを考えても仕方が無い。
むしろ、次にやりたい事が増えて楽しい限りだ。
というわけで、私は本格的に朝食の準備に取り掛かろうとする。
その時だった。
ガサッ、と、近くの茂みで音がした。
「っ!」
即座、傍らに置いていた剣を抜き、私は構える。
獣除けの結界はまだ発動している。
一体、何が――。
そう警戒する私の目前に――。
「う……」
茂みの中から、一人の男性が現れた。
「貴殿は……」
「み、水……」
そして、それだけ呟いて、バタリと倒れた。
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