第一話 山に引き籠もる(略して山籠もり)
そこからの流れは、ほとんど衝動的だった。
騎士団の寮へと戻り、私物を持ち出す。
元々、それほど荷物になるようなものはなかったので、そのままの格好で私は王都を出た。
王都の外郭を担う城門を抜けると、見渡す限りの平原。
その中に伸びる街道を、私は黙々と歩き進んでいく。
もう、一時でも王都には……あの男の目の届く場所には、いたくなかった。
「デザン……っ!」
元婚約者にして幼馴染みの、彼の名を口にする。
思い返してみれば、元々我の強い性格の男ではあった。
服装や格好、趣味や嗜好まで、自分の好みに私を染め上げようとしていた部分は垣間見えていた。
しかも、それに関して私の意見や希望をあまり鑑みず、完全に自分の方が正しいと――。
私など、ただ自分の意向に従っていれば良いと――そういう、自己中心的な人物だった。
亡くなった父が、幼い頃より決めていた許嫁。
昔馴染みということもあって、私も甘く接しすぎていたのかもしれない。
騎士の仕事に忙殺されていたが、もっと彼と腹を割って話すべきだったのか……。
……いや、デザンの性格的に、そんなことをしても意味が無いか。
何より、彼と接する機会がここ最近減っていたのは、何も私が忙しいだけが理由ではない。
彼も彼でギルドマスターとしての職務があるし、忙しかったはずだ。
……いや。
流れてきた噂話に寄れば、“現場の意見を取り入れたい”と、ギルドの受付嬢や女冒険者と会食したり、話し込んでいる姿が多かったとも聞いた……。
たかが噂と流していたが……。
……もしかしたら、デザン自体も、私の事をその程度の認識でしか見ていなかったのか?
どこで間違えた。
何がいけなかった。
私が、何をしたっていうんだ。
「……ああ、もう!」
私はずんずんと歩き続けた。
日が沈んだ夜の街道。
場合によっては猛獣や夜盗、モンスターなんかも出没する可能性のある危険な場所を、怒りに任せて歩き進む。
――どれだけ歩いただろう。
私も騎士の端くれだ、それなりに鍛えている。
気付けば、王都の全景が小さく見える場所までやって来た。
大分遠離ったようだ。
しかも、よく周囲を見回すと、木々の生い茂った斜面……。
「……いつの間にか、山に入り込んでしまっていたのか」
夜の山は静かだ。
草木も寝静まるとはよく言ったもので、正にその表現が相応しい静寂に満ちている。
「……山、か」
私は、地面に転がった適当な古木を発見し、その上に腰を下ろす。
そして、両腕を天に持ち上げ、「ん~……」と背筋を伸ばした。
鼻腔が、自然の香りで満ち満ちる。
「何だか、久しぶりだな。こんな場所に来るのは」
呟いて、私は背負っていったリュックサックを下ろす。
夜の山は、季節もあってかなり気温が低い。
ぶるっ、と、体が震える。
「……よし、焚き火でも起こすか」
実のところ、私はアウトドアが趣味だ。
騎士という、ほとんど休む暇もない仕事の隙間に、ちょっと都会の喧噪から離れて自然の中に紛れ込む。
そこで行う食事やレクリエーションが、心の癒やしだった。
こういう場所には、本当に時々しか来る事が出来なかったので、何気に「機会があれば、あれをやりたいな」「これをやりたいな」と、いくつも想像を膨らませていたのだ。
「確か、この中に……」
私は、下ろしたリュックの中から皮の袋を取り出す。
動物の皮を鞣して作られた袋で、中には油等を調合して作った着火剤が入っている。
アウトドア趣味から転じて、私には、アウトドアやキャンプで使う小物・雑貨を自作する趣味もあった。
ほとんど遠出ができなかったので、王都で手に入る素材を使って来たる日のために道具の準備を怠らないようにしていたのだ。
ちなみに、何を隠そう、このリュックも私が自作したアイテムだ。
《マジックボックス》と呼ばれる、あらゆるものを収納する“魔道具”の材料を、独自のルートで入手し作成した――マジックリュックである。
騎士団の寮にあった私物も、この中に全て詰め込んである。
なので、デザンに啖呵を切って早々に王都から立ち去ることが出来たのだ。
私は枯れ枝や落ち葉を集め、着火剤を付着させる。
続いて火打ち石を取り出し、火を付ける。
瞬く間に、焚き火を熾すことができた。
「………」
パチパチと、目の前で燃える炎。
寒空の下、私の体の正面に暖かい熱をもたらしてくれる。
風に揺れる焚き火の炎を、私は黙って、ボウッと見詰め続ける。
「……はぁ」
不意に、溜息が出た。
しかしそれは、先程までの苛立ちや落胆の混じった溜息ではない。
心の中が、無になっている。
悪い意味ではなく。
何も考えず、ただただ、炎を見詰め続けている内に――頭から余計なものが消えたのだ。
風通しがよくなった、とも言える。
「……はぁ」
溜息を一つ吐く度に、体の中を空気が循環して、淀んでいた何かを外へと吐き出してくれている……そんな風に思えた。
なんだか、少しだけ、スッキリした。
「うっ……寒くなってきたな」
風が強くなり始めた。
焚き火の炎もバタバタと暴れ出す。
私はマジックリュックの中から、ブランケットを一枚取り出した。
表面が深いグリーン、裏面がカーキ色。
リバーシブルカラーのブランケットだ。
しかも、これはただのブランケットではない。
私が、騎士や冒険者の装備に使われる特殊素材――《火鼠》というモンスターの毛皮を取り寄せて作ったブランケットだ。
《火鼠》は火山地帯に生息し、火に対して強い耐性を持つモンスター。
その羽毛は、断熱性に優れている。
私は、自作ブランケットを体に羽織った。
「……はぅぅ……」
ぬくい、ぬくい。
何気に、実際に使うのは初めてだけど、この寒空の下で全く冷気を感じなくなった。
このブランケットは大成功品だな。
「そうだ、忘れない内に……」
私は、続いてマジックリュックから掌の上に乗るくらいの大きさの、コンパスのような器機を取り出す。
これは、獣避け装置。
特殊な波動を発生させる魔石が仕込まれており、周囲に獣が寄りつかないようになるのだ。
ちなみに、自作である。
騎士や冒険者は野営の際に、きちんと魔道具の結界装置を使うので、それに比べればまだアウトドア用だ。
「………」
再び、私は焚き火を眺めながら黙考する。
先程までの、ただボウッとするだけの時間が終わり、冷静な思考を取り戻してきた。
騎士という職務に身を捧げていた時には、考える暇もなかった。
デザンの婚約者であった時には、考える余裕もなかった。
私という人間、個人を、今一度、考える。
騎士という仕事に誇りはあったが、好きだったのかと聞かれたなら、それは怪しい。
あくまでも仕事、そして、アームストロング家の伝統に従った形だ。
全ては父親からの教育によるもの。
高給取りでもあるし、アームストロング家の家長としても、私を騎士にしたかったのだろう。
その父も他界し、もうこの世には居ない。
つまり、今の私を縛るものは、何も無いとも言える。
「……どうするべきだ」
私は悩む。
今後の、自分の道を。
全てを捨てて、荒野に身を投げ出すか?
それとも、デザンに頭を下げてでも、レール通りの人生に戻るか?
「……うぅー……悩む」
私は、マジックリュックに手を突っ込む。
そして取り出したのは、両手で持てるくらいのサイズの、一体の“ぬいぐるみ”だった。
人間の男性を簡略化し、二頭身にしたデザインのぬいぐるみだ。
長い金髪に、大きく意志の強そうな目の、騎士の姿をした男性のぬいぐるみ。
こういう時は……“推し”に相談するに限る。
「私はどうすればいいのだろう……ランスロット様」
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