第十一話 釘を刺す
「シルフ! 一体どこをほっつき回っていたんだい! 探したよ!」
「……ああ」
馬車を降りたデザンが、大仰に両腕を広げて私に言う。
心の底から心配していたと、そうアピールするように。
探していた……というわりには、今日まで割と王都の近くに居た私を全然見付けられていなかったように思えるが。
私は、目前に立つデザンから目線を逸らしながら、気の抜けた返事を返す。
「まったく……これで少しは身に染みただろう? 僕の優しさというものを」
「………?」
デザンの口から出た言葉。
そして、思わず見上げた彼の顔に、呆れの混じったような表情が浮かべられていたのを見て、私は首を傾げる。
一瞬、言っている言葉の意味が分からなかった。
だが、直後、理解した。
デザンは、私が自分の考えを改めて王都に……デザンの元に帰ってきたのだと、そう思っているのだ。
その場の感情で婚約破棄を宣言し、デザンの面目を潰し、王都を飛び出してしまった。
だが、やはり自分はデザンがいなければ生きていけない。
デザンの考えを改め直した。
だから戻ってきた。
そう――私が思っているのだと、信じて疑わない顔をしている。
「……いや、私は別に帰ってきたつもりはない。少し、買い物のために王都市場を訪れただけだ」
だから、私はそう正直な気持ちを口にする。
「というわけで、失礼する。お互い息災なようで何よりだ」
「まったく……まだそんな意地を張って」
デザンは笑う。
……この男、どれだけ自分に対して肯定的なんだ?
いや、知らない間柄ではないのだが。
「シルフ、僕はとっくの昔に君を許している。けれど、僕にも面目というものがあるんだ。だから、ここでちゃんと謝罪の言葉を述べれば後腐れなく元の関係に戻れると約束しよう」
謝罪する気などない。
私は、話を聞かないデザンを無視し、その場を後にしようとする。
「リィン殿、早く山に――」
「君がシルフィアの元婚約者かい?」
そこで、リィン殿が私の前に進み出る。
デザンの前に立った。
……まずい。
何やら、一触即発の空気を感じる。
「元ではなく、現婚約者だが?」
「ふむ、おかしな事をいうね? シルフィアにはもうそんな気はないと思うのだけど」
リィンが、細い目を更に細め、微笑を浮かべる。
デザンが鼻白む。
「シルフ、この男は何者だ?」
「ああ、そうだそうだ、人間らしく挨拶をしなくてはね。初めまして、私はリィン。現在、わけあってシルフィアと共に暮らしているものだよ」
「……なに? どういう意味だ」
「どうもこうも、そのままの意味さ。つまり、君にはもう私の家族であるシルフィアにちょっかいを出す権利はないということだよ」
「……意味がわからないのだが」
「わからなくていい。つまり、もう君とシルフィアは関係無いということさ」
リィンは、穏やかな表情のまま告げる。
「今後も、私とシルフィアはこの王都を利用させてもらう予定でね。その度に、君の存在が邪魔になるようなマネはもう控えてくれということだよ」
「……シルフ! この男の言っている事は本当か!」
デザンが、リィンの向こう側に立つ私に言う。
私は、頷く。
言い方の問題等もあるかもしれないが、概ね、リィンの言った事が事実であり、私の心情とも合致している。
デザンは眉間に深い皺を刻む。
「貴様……シルフに何をした。その耳……獣人か? 何か怪しい術を使って、誑かしたのではないだろうな」
「さぁね。さ、話しは終わりだ。行こうか、シルフィア」
「待て……!」
リィンが振り返り、私の背中を押す。
デザンが慌てて呼び止めようとした、その時。
「で、デザン様!」
馬車を運転していた御者が叫ぶ。
見ると、馬車の一部に火が灯っており、燃え上がっていた。
「な……何故火が! 早く消せ!」
「し、しかし、既にかなりの勢いで……」
慌てふためく御者の一方、馬車を引く馬に繋がれたロープが突然焼き切れた。
馬達が、即座に走って逃げ出す。
その場はパニック状態に陥った。
「さ、行こう」
「……リィン殿、まさか」
「あっはっは」
私と、私を半ば押すようにして歩くリィンは、困惑するデザンを尻目にその場を去るのだった。