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第九話 王国市場


 騎士団をクビになり、デザンとの婚約破棄を宣言し、茫然自失のまま郊外の山へと引き籠もった。


 意識を切り替え、アウトドアを楽しんでいた私は、そこで山の神様を名乗る狐耳の男性――リィンや、アヤカシの少年三兄弟、トト、キルル、ピアと出会った。


 山肌の一角に建てられたログハウスを改修し、そこで皆で暮らし始めて……数日が経過。


 思い返してみたら、結構な時間が経過したのだなと、しみじみ思う。


 さて――そんな私は、現在。


「いやぁ、コレは凄い賑やかな場所だねぇ」

「ええ、何せ、世界中の食材が集まると言われている、王国随一の市場ですので」


 私はリィンと共に、王都を訪れていた。


 本日の目的は、食料の調達。


 流石に、山の幸だけでは保たないので。


 前回、一人では来る事の出来なかった、王国市場にまで足を運んでいる。


 ――王国市場。


 王都の一角に存在する、広大な面積を誇るこの国最大の市場。


 洒落や冗談ではなく、世界中の食材が集まる場所。


 何か料理を作ろうと思ったなら、ここで材料や調味料を揃えれば作れないものはない、と言われているほどだ。


「ほう、凄い場所だね……で、君は何故そんな格好なんだい?」

「少々、事情がありまして」


 私は現在、頭からローブを被って顔を隠している。


 関係者に見付かりたくないからだ。


 現在、私は不名誉な理由をでっち上げられ騎士団をクビなり、しかも、大手冒険者ギルドを運営するギルドマスターであるデザンに婚約破棄を叩き付けて王都から逃げ出した女――シルフィア=アームストロングとして名前が知れ渡っているはずだ。


 きっと、嫌な噂も流れている事だろう。


 だから、顔を見られたくないのだ。


 では、そこまでして、こんな圧倒的に人通りの多い場所に来なくてもいいのでは? ――と思われるかもしれない。


 それには、理由があるのだ。


「そんな事より、今日はイナリズシの材料を探しましょう」


 私がそう言うと、リィンはぴょこんと頭部の狐耳を突き立てた。


「なんと! 覚えていてくれたんだね!」


 イナリズシ。


 スシ、というのは、東方に存在する国の民族料理だ。


 私も、物の本で読んだことがある。


 イナリズシというのも、きっとそのスシの一種なのだろう。


 リィンと初めて出会った際、彼が食べたそうにしていたものだ。


「ログハウスを紹介してくれたお礼です。満足させられるかはわかりませんが、そのイナリズシというものをご馳走します」

「なるほど……だから、この場所までやって来たんだね」


 世界中の食材が集まる、王国市場。


 ここでなら、そのイナリズシの材料も手に入るはずだ。


「よし、じゃあ早速食材を探しに行こう。まずは、アブラアゲだよ」

「アブラアゲ?」




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「油揚げ、ごま、お米、それに砂糖や醤油等の調味料……こんなところか」

「うんうん、しかし、何だかここら辺は懐かしい食材が多いねぇ。昔を思い出すよ」


 王国市場を周り、イナリズシの食材を買い集めようとしたところ、ほとんど東方の国の食材を扱う区画で揃えることが出来た。


 やはり、向こうの国の料理のようだ。


「となると、リィン殿も元はそちらの国の出身なのですか? ……神様に、出身などがあるのかはわかりませんが」

「まぁね。色々あって、この国のあの山にまで引っ越してきたんだよ」


 ……神様のお引っ越し。


 そういう事もあるのか。


 何はともあれ、リィンから聞いた料理の概要と作り方を参考に、必要な素材は手に入った。


 他の必要な食材も買い込んで、早速家に帰ろう。


 そう思った――その時だった。


「ねぇ、聞いた? デザン様の元婚約者の話」


 そんな話し声が、どこからともなく聞こえてきた。


「シルフィア=アームストロングだっけ? 王国騎士団の部隊長で、デザン様の幼馴染みだった」

「そうそう、なんでもね、デザン様に婚約破棄を言い渡す直前に、騎士団をクビになってたんだって。しかも、凄い不祥事が色々見付かって」


 私は立ち止まる。


 すぐ近くで、王都民の女性が二人(おそらく、普通の市民だろう)、噂話に花を咲かせていた。


「だからクビになったの? なにそれ、自業自得じゃない」

「デザン様はね、それでも結婚して自分の庇護下に置いて守ろうとしたのに、その女、逆上して婚約破棄を宣言して王都から逃げたんだって」

「はぁ? 最悪じゃない。そのシルフィアって女、絶対に外に男がいて、それもバレるのが嫌で出てったんじゃないの?」


 ………。


 半ば、こうなるだろうとは思っていたが、思っていた以上に最悪な噂が流れていた。


 恐らく、噂話の出元はデザンか、それに近しい人間達だろう。


 本当の話が出回ってはバツが悪いと、私がもう王都に居ないのを良い事に、根も葉もない噂を流して自分達の正当化を図っているのだ。


 相手は超有名冒険者ギルドの長――きっと、今や王都中で、私は悪女扱いだろう。


 デザンめ……幼い頃から知っている顔が、非常に憎たらしく脳裏を掠める。


 まさか、ここまでの奴だったとは。


 私は、頭部を覆うローブを引っ張り、更に顔を隠す。


「……今のは、まさか君の噂話かな?」


 そこで、隣に立っていたリィンが呟いた。


 私の名前が聞こえた時点で、わかったのだろう。


「……ああ」

「聞くまでも無いとは思うけど、真実ではないよね?」

「私の元婚約者が流した噂でしょう。騎士団をクビになったのはその男の仕業なのですが、真相を知られるわけにはいかないので、私を悪者に仕立て上げようとしているのです」


 ふっ、っと、私は笑う。


 いけない、いけない、こんな気分になっては、折角美味しい食材が手に入ったというのに、台無しだ。


 リィンにも申し訳無い。


「顔がバレる前に、早く山に戻りましょう」

「シルフィア、君の元婚約者の家は近いのかい?」


 そこで、リィンが尋ねてきた。


 え? と、私は顔を上げる。


「家……ええと、ここは王国市場なので……もう少し上の区画に昇ったところに、デザンの屋敷がありますが」

「そうか!」


 ニコッと、リィンは微笑んだ。


「その男の家、燃やしにゆくか!」


 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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