第八話 お狐様とシェアハウス
「い、一緒に暮らす……!?」
リィンの発した突然の誘い文句に、私は言葉を失う。
「ああ、人柄、料理の腕、アヤカシと即座に仲良くなれる対人能力。君は、この山に……私にとって、必要な存在と認識した」
私の手を取り、リィンは熱い眼差しを向けてくる。
「特に料理の腕が素晴らしい! 私は是非、君と一緒に暮らしたいと思っている!」
「し、しかし……リィン殿の住処は、この祠では……」
「こんなボロ屋は当然引っ越しだよ!」
それでいいのか、神様……。
何はともあれ、リィンの熱意は本気だ。
私は少し懊悩する。
「悪くない提案だと思うけどねぇ。これからの季節、この山の外気は更に寒くなる。流石に、いつまでも野宿というわけにもいかないんじゃないのかい?」
「………」
それは、確かに。
この山に引き籠もって数日、私の主な寝床はテントとシュラフだった。
獣除けの結界装置はあるものの、安全性という面から見れば屋根の下の方が遙かに良い。
そしてリィンの言う通り、山の寒さが本格化してくるのはこれからだ。
「どうだい? 雨風を凌げる小屋の方が、君も安心出来ると思うのだけど」
「……小屋? 小屋があるのですか、この山に?」
私が尋ねると、リィンは「よし、食いついた!」とばかりに目を輝かせる。
何でそんなに嬉しそうなのか。
「ああ、ここから少し下った、ちょっと拓けた場所があるのだけど、そこに山小屋があるよ。昔住んでいた住人の残したものでね、大分長い間使っていないが、作りは頑丈だから外観的には全く荒廃していない」
「なるほど……」
「ちなみに、お風呂もあるよ」
得意げに、リィンが口元を持ち上げて言う。
「……なんですと?」
その言葉に、私も思わず真剣な目で尋ね返してしまった。
お風呂。
お風呂、と言ったぞ、今。
「ああ、外付けの浴室場だが、水を汲んできて火を熾せば十分まだ使えるはずさ」
「……本当なんですか」
この山の中に、外付けの浴室場?
それ即ち、露天風呂ということ?
大自然の風景と香りに満ちた空間の中で、あっつあつのお風呂に身を浸せられる?
そんなの――どう考えても楽園じゃないか!
「了解しました。早速行きましょう」
「ほ……本当かい?」
私は、リィンとの共同生活を承諾する意思を示すように、頷いて見せた。
「但し、まずはその山小屋が修繕可能かどうか見て判断してから……」
「ありがとう!」
再び、リィンは私の手をガシッと握った。
ちょっと涙目にも見えるのは、気のせいか。
「こんな嬉しい気分は何十年ぶりか……これからは、君の素晴らしい料理をお供え物としていただけると思うと……ふ……ふふふ、逃がさない……絶対に逃がさないよ……どんな手を使ってでも、君をこの山から逃さない……私の力の全てを用いて君を満足させ、君に近付く不届き者は焼き払って、絶対に私の元から奪われないように……」
「……リィン殿、少し目が怖いのですが」
何やらトリップしているリィンに言うと、彼は「ハッ」と正気に戻り「何でも無いよ~」とおどけて見せた。
完全に何でも無い顔ではなかった。
「さて、では早速山小屋に向かおう」
「その山小屋は、どれくらいの大きさなのですか?」
「結構大きいよ。前に住んでいた住人が、山を訪れた旅行客を止めるための宿泊施設を想定して建てたものだからね。幾つも部屋があるし、入ってすぐは大広間だ。まぁ、結局この山への来客なんてほとんどいないから、すぐに諦めて去ってしまったのだけどねぇ」
「なるほど」
それを聞いて、少しわくわくする。
宿泊施設を想定していたとなれば、かなり頑丈な作りのはずだし、屋外に風呂があるという話にも信憑性が増す。
内装は流石に汚れが溜まっているかもしれないが、そこは掃除をすれば大丈夫なはずだ。
「……そうだ」
そこで私は、サクサクと話を進めていく私達の一方で、ポカンと事の成り行きを見ていたカマイタチ三兄弟――トト、キルル、ピアの三人を振り返る。
「君達も、一緒に来ないか?」
私が言うと、トトとキルルは「「え!」」と声を上げた。
ピアは変わらず「もぐもぐ」とマシュマロを頬張っている。
「ぼ、僕達も一緒に暮らして……いいんですか?」
「騙されるな、トト! どうせ下働きにして扱き使うつもりだろ!」
「山小屋の修繕には人手がいる。キルルの言うとおり、君達にも手伝ってもらいたくて声を掛けた」
だが――と、私は続ける。
「来てくれるなら、私とリィン殿、そして君達は、同じ屋根の下で暮らす同等の立場だ。下働きなんてとんでもない。家族のようなものだな」
「家族……」
「………」
「もぐもぐ」
その言葉に、トトとキルルは考え込むように視線を落とす。
ピアはマシュマロを食べている。
「どうかな? 私達を、助けてくれないか?」
「……キルル、僕、この人と一緒に行きたい」
トトが、キルルの手を握って言う。
「ダメかな?」
「……俺は、トトとピア以外は信用しない……けど」
キルルが、ジッと私を見上げてくる。
「トトがそう言うなら、別に……」
「ありがとう」
「もぐもぐ、僕も行くー」
マシュマロを食べ終わったピアも賛同した。
「うん、では、みんなよろしく頼む」
「ふふ」
そんな光景を横目で見て、リィンが静かに微笑んだ気がした。
ということで――改めて、私とカマイタチ三兄弟は、リィンに案内され、共に暮らす山小屋へと向かう。
「ここだよ」
「おお」
リィンに連れてこられた先は、山の一角。
森の中にぽっかりと、木々の生えていない空間が現れた。
遠く、王都の姿を望むことができる。
そこに、立派な山小屋が建っている。
なるほど……宿泊施設を想定していたというだけあって、外観も中々お洒落である。
丸太を積み上げて作られた――ログハウスのような小屋だった。
「中に入ってみよう」
リィンが、小屋の扉に手を翳す。
一瞬、光が瞬き、扉の取っ手がガチャリと動いた。
「この小屋の出入り口は、私の魔法で管理している。言わば、私が許可した者以外は入る事ができない。君達にも《鍵》を渡しておこう」
リィンの指先が瞬き、私達の手の甲に不思議な文字が浮かび上がって……染み込むように消えた。
なるほど、これでこの小屋に出入りできる《鍵》を手に入れたと言うことか。
「中は……うん、全然悪くない状態だ」
小屋の中に入る。
リィンが魔法で管理してくれていたためだろう。
野生動物や侵入者に荒らされる事も無かったのだ。
小屋の内装は、このまますぐに住めそうなほど綺麗だった。
「これなら、修繕はほとんど必要無いな。とりあえず、掃除から始めよう」
「「「おー!」」」
というわけで、私とトト、キルル、ピアで手分けして、早速掃除を開始する。
「頑張れー」
その光景を、椅子に腰掛けながらリィンが応援する。
――こうして、私と山の神様・リィン、そしてアヤカシの子供達の、奇妙な共同生活が開始したのだった。
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