プロローグ 婚約者があまりにもクズ過ぎた
「シルフィア=アームストロング。誠に残念だが、本日を以て君は我が騎士団から解雇させてもらう」
王都騎士団、第五支部局本部。
局長室へと呼ばれた私――シルフィアは、椅子に腰掛けた小太りの男性からそう言い渡された。
タヌキを彷彿とさせる小柄で丸々としたフォルムの彼は、この第五支部局の局長……つまり、最高責任者である。
「かい、こ……」
「つまり、クビという事だ。二日以内に宿舎の自室より荷物を纏めて退去して欲しい。尚、先月から本日までに発生する給与に関しては、規定により支給されないものと――」
「ま、待って下さい!」
いきなりの事に、流石の私も一瞬呆けてしまったが、慌てて局長の言葉を遮る。
「そんな……何故、いきなり……今日まで、普通に職務を全うしてきていたではありませんか!? 私がクビになる理由がわかりません!」
「……あー、実は、以前から君に関する良くない噂がワタシの元に届いていてね」
局長は、どこかバツが悪そうに、視線を逸らしつつ理由を述べる。
「同僚に対する著しく配慮に欠けた発言、部下に対する職位的上下関係を利用した高圧的命令、また、市民への横暴な態度、現王政への批判的発言、危険思想を思わせる言動……まぁ、ともかく、人格的問題を追求する報告が枚挙に暇が無い」
「………」
何だそれは、と、正直に思う。
ハッキリ言って、何一つ身に覚えのない事だ。
「教えて下さい。一体、私の、どういった言葉が、どういった行動が問題として報告されているのですか? 私も出来た人間ではないので、もしかしたら無意識の内にそのような事をしてしまっているのかもしれませんが、正直、全く覚えがないですし、このままでは納得がいきません」
「あー……そこはあれだ、個人情報を配慮し、教えるわけにはいかないよ。誰が報告を上げたかなど知られれば、報告者の不利益になる事もある」
「そんな……! 私は報復などする気はありません! そういう意味ではなくて――」
「ともかく、これは決定事項だ。君の人事を管理する最高責任者として決断させてもらった。今後は、一切対応はしない」
「局長!」
局長は机上の呼び出しベルを鳴らすと、くるりと椅子を回し背中を向けた。
ベルの音を聞いた、局長室の護衛の兵達が室内へと入ってくる。
「……わかりました」
このままここでグズっていても、兵達に力尽くで追い出されるだけだ。
私は振り返り、部屋を後にする。
「シルフィア分隊長……」
「今まで世話になった」
護衛の兵達も、動揺の色を瞳に浮かべていた。
(……あーもー! 何なんだ! 一体!)
こうして私は、何も納得がいかないままに――長年勤めた騎士団をクビになったのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……という事があったんだ」
その夕方。
私は、王都の一角にある高級料理店にいた。
席を挟んだ向かい側に座るのは、私の婚約者であるデザン=モービーストーン。
黒髪を撫で付けた、端正な顔立ちの男性である。
デザンとは、幼い頃からの付き合いだ。
私の父とデザンの父は仲が良く、子供の頃からよく交流をしていた。
私の家は代々騎士の家系で、デザンの家はギルドを経営している。
父からは、幼少の頃から将来は彼と一緒になるようにと言われていた。
デザンの家が経営するギルド――冒険者派遣ギルドは、名だたる冒険者達を抱え込む、規模・実力的に王都一の冒険者ギルドだ。
デザンはその家の跡継ぎ――つまり、ギルドマスター。
確かに、彼と一緒になれば順風満帆だろうし、父も安心だったのだろう。
私は父達の敷いたレール通りに成長し、アームストロング家の血統を継ぐ者として当然のように王都騎士団へと入団した。
父が病を患い、昨年この世を去った後も、私は騎士として、デザンはギルド運営者として、それぞれの家を背負ったまま時期を見計らい、正式に婚姻を結ぶモノだと思っていた。
なのに……私は納得できない理由で騎士団をクビになってしまった。
「本当に、申し訳無い……何とか話し合いの場を設けて、私も身の潔白を証明しようと考えている。デザンには迷惑を掛けるかもしれないが、それまで何とか――」
「気にする必要は無いよ」
浮かない顔で釈明する私を前に、デザンは手にしたグラスを口元に運ぶ。
泡の立つ、白く透明なワインを嚥下した後、穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
協力の意思を示してくれるのだろうか?
そう思った私の耳に、信じられない言葉が飛んできた。
「君が騎士団をクビになるよう、僕が裏から手を回したんだ」
「……は?」
目を丸めポカンとする私に、デザンは変わらぬ笑顔のまま言う。
「全ては君のためなんだよ。僕は以前から、結婚を機に君には野蛮な仕事から足を洗い、家庭に入ってもらいたいと思っていたんだ。けれど、君の意思は頑なで、騎士という仕事を辞める気が全く窺えなかった。だから、裏から色々と手を回して、君がクビになるように仕向けたんだ」
「……は?」
「義父上も亡くなられ、今や君の家系で残ったのは君だけだ。騎士という仕事は危険が付きまとう。僕には君の婚約者として、君の将来の伴侶として、君を守る義務がある。わかるよ? 少々強引だったとは思う。けれど、君の義父上も、きっと家の伝統よりも愛娘の安全の方が大事だと生きていればおっしゃるはずさ」
「………」
「君には僕の子を産み、育てる義務がある。もし働きたいというのであれば、子供がある程度大きく育った後、僕のギルドの事務職員にでもなればいい。目の届くところには居て欲しいからね」
「………」
「シルフ?」
昔からの愛称で、デザンは私を呼ぶ。
「……デザン、それは、本当なのか」
「ああ」
「……そうか」
バンッ――と、私はテーブルを叩き付け、立ち上がる。
その音が、耳心地の良い音楽の流れていた店内に、大きく響き渡った。
「婚約破棄だ、デザン! 私は、この街から――お前の目の届く場所から消えさせてもらう!」
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