6.初めての授業 ( 1 )
教室に着くと空いている席はもう残り少なく、ほとんどの生徒が揃っているようだった。始業の鐘がなる前に、私も席に着こう。
「セレーネ!!おはよう!」
教室に足を踏み入れた瞬間、隣の教室にまで聞こえるのではないかと思うほどの元気な挨拶が響き渡る。
「クラーク君……おはよう」
大声につられてクラスの視線が集中する。昨日の情熱的なプロポーズを思い出したのか、にやにやと冷やかすような視線を向けられ、とても居心地が悪い。その場に立っているといたたまれず、そそくさと空いている席へ向かう。
「ダリア……隣いいかしら?」
「セレーネ~~!待ってたよ!もちろん!」
ダリアの隣に空席を見つけた私は、早々にそこへ着席した。
「はぁ……」
無意識に漏れた溜息。
「お疲れさん」
私の気持ちを察してか、肩をポンと軽く叩くダリア。話す気力も無く、ありがとうの意を込めて、ぎこちない笑みだけを返した。
ゴーンゴーンゴーン
鐘が三回鳴り、学園全体に授業の開始を伝える。
「おーおー!ちゃんと揃ってんなあ!」
鐘とほぼ同時に教室に入ってきたバロリエ先生は、相変わらず教師には見えない少し砕けた雰囲気だ。
「席について偉い偉い。まだ時間割も伝えられていないし、今日は何をするかすごい気になったろ」
昨日の学校案内中、先輩たちから様々な分野の授業があるということは聞いていた。しかし、具体的な時間割を渡されること無く解散となったため、今日は何の授業があるのか一切知らされていない。そのため、最低限必要と思われる筆記用具とノートを鞄に入れ、登校した。
「ってことで早速だが、初授業の説明をするぞ。今日はみんなに演習を行ってもらう。題して『卵を探せ!』だ」
バロリエ先生が、パチンと指を鳴らすと、教卓に卵のたくさん入ったかごが現れた。
「演習について説明するぞ~~よく聞け~~」
ざっくりといえば、この演習はその名の通り卵を探し、集めるという単純なものだ。初授業として行うレクリエーション的なものであり、競い合うことを目的としたものではない。そのため、攻撃的な魔法を人に向かって放つのは厳禁。制限時間は午後三時まで。ただ、一番多く卵を集められた人にはちょっとしたご褒美がある、と最後に付け加えて先生の説明は終わった。
「ってことだ!とりあえず会場となる霧の森へ向かう。東の庭園に転移魔方陣があるからついて来い」
バロリエ先生に促され、ざわざわと立ち上がるクラスメイトたち。
「あぁ、そうだ」
もう一度パチンと指を鳴らす先生。すると教卓の上に置かれていた卵のかごが姿を消した。それと同時に、私たちの服装が着ていた制服から運動着へと変化し、いつの間にかリュックまで背負わされている。
「す、すごい」
通常、魔法を発動する際には詠唱や魔法陣などを使用し、魔法発動の補助とする。それを、指の音だけに凝縮した上、卵を消す魔法と服を入れ替える魔法を同時に発動させるなんて……。
まだ魔法についてしっかりと学んでいない新入生の私たちでさえ、今の魔法がいかに高等技術を要するものか分かる。初授業に浮足立っていた教室は、より一層活気づき、熱を帯びていくようだった。
そんな私たちには目もくれず、何事もなかったかのように教室を出ていく先生。私たちも慌てて、その後を追った。
まだ慣れない校内を颯爽と歩いていく先生。着いていくのに必死で、自分たちが今どこにいるのか分かっている者はもはやいないだろう。何個か角を曲がり、階段を降りた先に広大な庭園が広がっており、その真中に霧の森への魔法陣は用意されていた。魔法陣を前に、クラス全体がいよいよ演習が始まるという緊張感とわくわくとが入り混じった雰囲気に包まれる。
「よーし!皆、魔法陣の中に入るんだ!」
大きな魔法陣に恐る恐るといった感じで入っていく。全員が中へ入った瞬間、魔法陣は眩い光を放ち始めた。
「頑張って生き残れよ~!必要なもんはリュックに入っている。転移魔法陣の札も入っているから、危険だと思ったらそれ破ってここに戻ってこい~~」
期待に胸を弾ませていたクラスが、先生の言葉に固まる。
生き残る?危険……?
しかし発動した転移魔法は止まらない。どういう意味なのか聞き返す間も無く、視界が光に包まれた。