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45.一学期 期末試験 ( 17 )

 またも油断が敗因となったことに呆然としている私の脳内にグディエ君の最後の言葉が蘇る。


『時間も無いし僕はもう行くね!』


 そうだ。呆けている暇はない。グディエ君の言う通り、いよいよ制限時間が迫ってきている。点数を稼ぐためには、すぐに次の対戦相手を見つけなければならない。


 辺りを見回してみるも、そう都合よく人影は見つからなかった。ただ、遠くの方から爆発音や誰かが戦っているであろう音が聞こえきている。残された時間はわずか。みんなも戦っているのだろう。


 私はどこへ行こう。ふと一歩足を踏み出すと、砂を踏みしめたザッという音が耳に入り、足元へと視線を落とした。ここは足場が悪い。砂漠での戦いは避けたほうが良さそうだ。私は来た道を戻る形で夏のエリアを後にした。


 森の中を進みながら、私は手元のボールを見つめる。


 私に残されたボールはたったひとつ。戦いやすい環境で、何が何でも点数を取らなければ。最低でも五点、理想をいえば十点獲得したい。


「セレーネ?」


 名前を呼ばれ振り返ると、そこには……


「ダリア……!」


 まさか最後の最後にダリアと遭遇するなんて……。


「私、セレーネとは戦いたくないなあ。ボール当てていいよ?」


 普段の教室で雑談をするような調子で話しかけてくるダリア。ボールを当ててくれというように、無防備に両腕を広げている。


「それはさすがに……」


 もちろん点数は欲しい。だが、ダリアの善意に甘えて点数を獲得するなんてことはもちろんできない。私はダリアの提案をすぐに断った。


「うん、そうだよね。セレーネはそういう子だよね。冗談冗談!」


 そう言って、いつものように笑うダリア。


「そしたら、私は他の子探しに行こうかなあ〜」


 今度はキョロキョロと回りを見回しながらそう言った。


 ダリアの気持ちは分かる。友達との本気の戦闘は正直やりづらいだろう。


 でも……。


「戦ってみたい……」


 正直、私はダリアと一度本気で戦ってみたい。私は実習授業の度に、ダリアが異なる属性の魔法を特訓していたのを見かけていた。ある日は火で、また別の日は風。そのまた別の日は水と、様々な魔法に挑戦していたのだ。


 最初の魔法学の授業のとき、彼女が最も得意とするのは水魔法であると知っていた私はそれ以降の授業で彼女が見せる他の属性魔法を見て、好奇心が湧いてきていた。実習以外ではダリアが魔法を使っている姿を見る機会もなく、ずっと気になっていたのだ。


 普段であれば、友達と戦いたいなんて思うことはないだろう。しかしこの試験のせいだろうか。いつもとは違う気持ちの高ぶりを私は感じていた。


 私の返答を聞いたダリアは少し困ったような表情をしている。


「そっかそっか……でもまあ、ちゃんとやんなきゃね」


 最後の方は声が小さくあまり聞き取れなかったが、ふらふらと辺りを見て回っていた彼女が私の方に向き直った。これは私の提案を呑んでくれたと捉えていいのだろう。


「そしたらいくよ!セレーネ!」


 向かい合ったダリアが素早く片手をこちらに向ける。


「我が力を捧げる。土よ、道を突き進め。《土の行進(テール・ド・パラデ)》」


 土魔法……!


 地面の土が盛り上がり鋭く変形し、私に向かって一直線に迫ってくる。直線的な攻撃であれば、昨日も今日もたくさん受けてきた。私は落ち着いて風魔法を唱える。


「我が力を捧げる。風よ、跳ね返せ。《風の跳躍(ミュール・ド・ソー)》」


 風魔法で跳躍し、横に避ける。思った通り、狭い範囲の直線的な攻撃であれば横に回避する術があれば怖くなさそうだ。次は私の番。片手を上げ、手のひらをダリアに向ける。


「我が力を捧げる。風よ、我が刃となれ。《風の太刀ミュール・ド・フォシーユ》」


 私の出した風の刃がダリアに迫っていく。


「我が力を捧げる。土よ、身を守りし盾となれ。《土の壁(テール・ド・ヴァン)》」


 ダリアが呪文を唱えると彼女の目の前に大きな土の壁ができあがり、私の風魔法は見事に防がれてしまった。


「やるわね、ダリア」

「へへ、まだまだこれからよっ!」


 次にダリアは手のひらを地面に向けて、魔法を唱えだす。


「我が力を捧げる。土よ、我が敵を封じ込めよ。《土の牢(テール・ド・ジョール)》」


 ゴゴゴゴゴ


 地面が揺れている!?


 そう思った次の瞬間。突然視界が真っ暗になった。


「キャッ!」


 地面が大きく揺れ、体勢を崩した私は何をすることもできないまま、その光景を見ていることしかできなかった。私の周囲の土が一気に盛り上がり、私を円形状の土の牢に閉じ込めたのだ。


 こんな上級魔法を一年生で使えるなんて……。

 ダリア……すごいわ……。


「セレーネ、どう?降参する?」


 土の外側から大声で呼びかけるダリアの声が聞こえてきた。しかし考えるまでもなく、私の答えは決まっている。


「いいえ!諦めないわ!」

「やっぱりそうくるよね」


 外でダリアが何か魔法を唱えたのが聞こえた。土の壁に覆われているせいで、しっかりと聞き取れなかったが何の魔法を唱えたのだろうか。いや、それよりもまず私はここから脱出する方法を考えないといけない。先ほどの攻撃で、風の刃では土の壁を破れないことはもう分かっている。他の方法を何か考えなければ。


 ゴゴゴゴゴ


 考え込んでいる私の耳に、地面が蠢いていような音が入ってくる。


 何の音かしら……?


 辺りが暗いせいで、周りの状況がよく分からない。おそるおそる前に手を伸ばしながら、数歩前進すると土の壁に手が触れた。


 あれ……?こんなに近くにあったかしら……。


 ゴゴゴゴゴ


 この壁……動いているの……!?


 土の壁に触れてやっと気がついた。この音は土の壁が動いている音だったのだ。どうやらよく聞き取れなかったダリアの魔法は、この円形の牢をどんどん小さく狭めるものだったらしい。このままでは身動きが取れなくなってしまう。


 実は、閉じ込められたときから、私はここを抜け出せるかもしれない方法をひとつだけ思いついていた。しかし、これはかなりリスクが伴う。できれば避けたかったのだが、もうそんなことを言っている余裕は無さそうだ。


 私は両手を真上に伸ばし、静かにあの魔法を唱えた。


「我が力を捧げる。風よ、集まれ。《風の玉(ミュール・ド・バル)》」


 崖に突き落とされた授業のときに使ったこの魔法。あのときは、アレクサンダー君に触発されて、全力でこの魔法を発動させ、結局うまく扱いきれず危うく大怪我をするところだった。しかし、私はあれから何度も練習し、よりコントロール精度を高めてきた。今回はもっと慎重にやるんだ。


 頭上に風の玉を作る。拳サイズの玉を強くイメージしたまま、私の魔力を注ぎ込んでいく。


 ゴゴゴゴゴゴゴ


 耳に入る地響きのような音が、私を急かす。視界が悪いせいで、あとどれほどの空間が残されているのかよく見えない。だが、まだ魔力が十分に注ぎ込めていない。


 集中するのよ……まだ……。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 もう少し…………あとちょっと……。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 ……今だ!!!


 バアアアアアアアアアアアン!!


 強烈な爆発音とともに、体が地面に打ち付けられる。


「キャアアアッ」


 突然の爆発に驚いたダリアの叫び声が聞こえた。痛みを堪えながら何とか体を持ち上げる。そこら中に擦り傷や打撲があるが、幸い大きな怪我は免れたようだ。


「びっくりした……!土の牢を破壊しちゃうなんて!」

「私も負けていられないもの」


 視界が明るくなり、ダリアの姿が見える。ここで会ったときは戦う意思もなく、授業の合間の休憩時間のような雰囲気をしていた彼女だったが、今の表情は生き生きとしているように見える。


 私も……楽しい!


「じゃ、次!いくよ!!」


 口角をあげた彼女がそう言った。


「我が力を捧げる。土よ、射抜け。《土の矢テール・ド・フレッシュ》」


 彼女が手を上げると、呼応するように周りに土の塊がいくつも浮かび上がる。地面から持ち上げられただけの土の塊は、矢のように先端が尖った形に変形した。そして彼女が手をこちらに勢いよく向けると、土の矢が一斉にこちらに向かってくる。


 数も多い上に、一つひとつの強度も高い。


 あれを防ぐ?私にそんな魔法がある?避ける?この広範囲の魔法を避けきれる?


 何も思いつかない私は、思わず持っていた傘を自分の前に広げた。


 パリンッ


 傘にかけれた防御魔法がダリアの土の矢をすべて跳ね返す。かなりのスピードで防御魔法とぶつかった土の矢は、その反動で大きな衝撃波を伴いながら四方に飛び散っていった。


「嘘……これも防いじゃうの……!?」


 ダリアは渾身の一撃を防がれたことに一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにまた戦いを楽しんでいるような、あの顔に戻った。傘を持っていなければ、私には防ぐ方法などなかっただろう。しかし今この機会を逃すわけにはいかない。


 私は瞬時に攻撃をしかけた。


「我が力を捧げる。風よ、我が刃となれ。《風の太刀ミュール・ド・フォシーユ》」


 ダリアは一瞬反応が遅れたが、慌てて土の壁の魔法を唱える。


「我が力を捧げる。土よ、身を守りし盾となれ。《土の壁(テール・ド・ヴァン)》」


 しかし、ダリアの詠唱が終わっても土の壁は現れなかった。


 風の刃がダリアの体を襲う。声もあげず、ダリアはその場に倒れ込んだ。

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