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44.一学期 期末試験 ( 16 )

 これからの作戦を練ろうとするが、突然の暑さに思考がまとまらない。額から流れる汗を拭ったときだった。


 右足にぬるっとした感触。私は恐怖と嫌悪感に襲われ、固まってしまう。


 な、なに!?気持ち悪い……!


 恐る恐る視線を足元へと下げるとそこには……


「イヤアアアアアアアア!!!」


 私の右足に巻きついている緑色の蛇が。悲鳴をあげながら、何を考えるでもなく足を全力で振り回す。全身が本能的に拒否反応を示し、頭で考えるよりも先に反射で暴れまわる。


 幸いなことに、蛇は長く巻き付くことなく足元から離れていった。離れていく蛇を目で追いながら、やっと落ち着きを取り戻していく。まさかこのエリアに来た途端、蛇に遭遇するなんて。


 深呼吸をしながら、何とか乱れた心を鎮める。


「まさかオルセンさんのそんな叫び声を聞けるとは思わなかったよ」


 声とともに現れたのは、レノ・グディエ君だった。地毛なのか、そういう髪型にしているのかグディエ君の髪はくるくるのパーマ。オレンジがかった茶色の髪が風にふわふわと揺れていた。そして何より目を引いたのは、グディエ君の腕の辺に巻き付いている緑色の蛇。先ほどの蛇はグディエ君の仕業だったようだ。


 魔法の属性といえば、基本的には火や水など自然の元素が主となる。しかし長い年月を経て発展してきた魔法は、派生に派生を繰り返し、いつしか『無属性』と呼ばれる魔法が現れた。ダミアン君の精霊魔法がその良い例だろう。そして目の前にいるグディエ君もまた無属性魔法の使い手だ。


 彼の得意とするのはテイム魔法、動物を手懐ける魔法だ。授業のときも、小さい魔物たちを呼んでいるのを見かけることがあった。彼の肩に乗っているふわふわとした可愛らしい黄色い小鳥も、授業中にテイム魔法で呼んだのを見かけたのだが、それ以来ずっと彼のあとをピヨピヨと言いながらついて回り、いつの間にか彼の肩が定位置になったらしい。確か、グディエ君がぴよちゃんと呼んでいたことがあった。その見た目に相応しい、愛らしい名前だ。


「ここにはね、たーくさん動物が潜んでいるんだ。まだたくさん蛇もいるし、今のうちに降参してもいいんだよ?」


 グディエ君の言葉に、先ほどの蛇を思い出してしまう。右足に感じたあのぬるっとした蛇の皮膚。全身に鳥肌がたった。


 正直にいえば、今すぐに逃げ出してしまいたい。またあの気持ちの悪い感覚を味わうのは本当に嫌。しかし昨晩、私はできることはやると決意を新たにしたばかりだ。蛇が来るかもしれないと分かっている今なら対策を立てることもできる。私の答えは決まった。


「いいえ、グディエ君。私、逃げません」

「後で後悔しないといいけど。じゃ、早速!」


 グディエ君は小声で呟きながら、両手を動かし、何かを操作するような仕草をする。次の瞬間、私の数歩先辺りの砂がこんもりと盛り上がり、赤と黒の縞模様をした蛇が頭を出した。


「ひっ……!」


 小さな二つの眼に見つめられ、私は文字通り蛇に睨まれた蛙状態に。体が強張って思うように動けない。嫌に静かになった砂漠に聞こえる蛇が砂の上を這いずり回る音。


 嘘……でしょ……。


 信じたくない気持ちで音が聞こえた背後を振り返る。するとそこには、また別の赤と黒の蛇が頭を出していた。


「いや……」


 だが、これは始まりにすぎなかった。様々な色をした蛇がうじゃうじゃと集まってくる。砂漠中の蛇が集結しているのではないかと思うほどの量で、完全に包囲された私に逃げ道など残されていなかった。こちらの様子を窺うように顔を上げたままの無数の視線が注がれる。私は周囲すべてを警戒せねばならず、どこを向いていれば良いのか分からなくなっていた。


 くるくるとひとりその場を回っている私とグディエ君の視線がかち合ったとき、彼が蛇たちに合図を出した。


「行け」


 周りを取り囲んでいた蛇がいっせいにこちらに向かってくる。私を中心に描かれた円がどんどん小さくなり、蛇との距離が埋まっていく。


 ……いや!!気持ち悪い!どうしたら……!!??


 周りの蛇をどうにかしようにも、私はそんな広範囲の魔法は使えない。この量を前に数匹倒したところで焼け石に水だ。とにかくこの場にいたくない。


「我が力を捧げる。風よ、そなたの手で掬い上げ給まえ。《風の手(ミュール・ド・マン)》」


 私は自分を風魔法で持ち上げ、囲まれていた状況を何とか脱した。しかし下を見れば、無数の蛇がそこに留まってこちらを睨んでいる。もう降りれなくなってしまった。


「ただ浮いているだけじゃ勝負にならないよ」


 余裕そうな顔でこちらを見ているグディエ君に、私は何も言い返せない。


 悔しいけど彼の言う通りだわ。ただ逃げているだけでは勝てない。このまま自分を浮かせた状態でグディエ君を攻撃するしかない……!


 授業中であれば、得意な風魔法を同時発動することは何度もできている。しかし実践の場で、失敗すれば蛇の群れに落ちてしまう緊張感の中で私にできるのか。いや、やるしかない。


 グディエ君の足元を見据え、乱れた呼吸を整える。


「我が力を捧げる。風よ、巻き上げろ。《風の旋回ミュール・ド・トルネード》」


 私はグディエ君の足元の砂を風で巻き上げ、小規模な砂嵐を作ったのだが……。


「キャーーーーーッ」


 自分を支えていた風魔法への集中が途切れ、足場が崩れ、蛇の大群へと落下していく。


 ダメッ!


 ぐっと強く瞳を閉じ、何とか魔法を練り直す。すんでのところで、何とか私は足場を持ち直すことができた。


「ハァハァハァ」


 あと数秒遅かったら、間に合わなかった。冷や汗が背中を流れていく。目の前には地面をうねうねと這い回る蛇の群れ。


 あれ……?さっきより数が減った気が……。


「魔法の同時発動か。やるじゃないか。まだ完璧にはできないみたいだけど」


 蛇から視線を離し、グディエ君の状況を確認する。


 視線を上げていくと、グディエ君は想定していたよりも高い位置に浮いていた。いや、大きな鳥に捕まって飛んでいた。あの鳥に捕まって私の攻撃は回避されたようだ。


 依然として、余裕そうな顔でこちらの様子を見ているグディエ君。数は減っても私の下で蛇たちがトグロを巻いていることに変わりがないからだろう。


 でも、これはチャンスだ。油断している相手ほど狙いやすい的はない。鳥の足を両手で掴み浮いているグディエ君のお腹辺りは、何も守るものが無くがら空き状態だ。隙をついて今ならボールを当てられるかもしれない。


 一度視線を下に向け、蛇に気を取られいてるフリをしながら片手にボールを持った。


 今だ……!


 彼のお腹辺りを目掛けてボールを投げる。


「うおっ!まじか!!」


 急にボールを投げてくることは想定していなかったのか、グディエ君からは余裕の表情は消えた。


 よしっ…!!


「でも甘いよ」


 グディエ君が右手首を下から上にクイッとすると、足元の砂が大きく盛り上がり巨大な蛇が勢いよく顔を出した。


 ペシャ


 見事ボールは大蛇の体に当たり、水色の染液が広がった。もちろんこれでは点数にならない。大蛇はこちらを睨みながら細い舌を小刻みに出してはしまいを繰り返している。


 蛇の中にこんなに大きい蛇も潜んでいたなんて。下にたくさんいる蛇と比べると五倍くらいの体長がある。小さい蛇は風の魔法で少し浮いていれば回避できるが、あの巨体を持ち上げられたらここまで頭が届いてしまうだろう。


 グディエ君はいつの間にか大きな鳥から手を離しており、鳥の姿は消えていた。ふと足元を見ると、あの蛇の群れもいなくなっている。


 もしかして……!


 私が同時に使える魔法に限りがあるように、グディエ君が同時に操れる動物にも限りがあるのかもしれない。大きな鳥を操ったことで、その分の蛇への魔法が外れ、数が減った。そして大蛇を操るために大きな鳥を解放し、小さい蛇たちもコントロールはできなくなったためいなくなったのではないだろうか。


 仮説を考え込んでいる私の耳に嫌な音が入ってくる。あの大蛇が砂の上を這って、こちらに向かってきたのだ。


「いやっ……!!」


 魔法を発動する余裕もなく、私は無我夢中で手に持っていた傘を開いた。


 バチッ


「えっ!」

「バリア!?」


 傘に触れるかどうかの距離まで大蛇が迫ってきた瞬間、電気が走ったような音とともに大蛇が跳ね返された。


 この傘、バリアの魔法がかけられているのね……!ずっと使用方法の分からなかった傘の使い方が、こんなタイミングで分かるなんて!これがあれば、グディエ君にも対抗できるかも!!


 ペシャ


「へ?」


 頭に感じた違和感。手で触ってみると、手には黄色い染液が。


「どうして……!?」


 ボールが落ちてきたであろう上を見上げるとそこには。


「ピィピィッ」

「よくやったぞ!ぴよちゃん!」


 ハッとグディエ君の肩に視線を向ける。


 いない……!!


 ずっと肩に乗っていたはずのぴよちゃんが、戦闘の最中にいつの間にか姿を消していたのだ。ボールを持って私の頭上まで飛んできたぴよちゃんは、私の油断したタイミングでボールを落としてきたらしい。


「その傘やばいね。本格的に使われる前にケリつけられて良かったよ。それじゃ、時間も無いし僕はもう行くね!」


 戦いが終わるや否や、鳥に捕まり飛んでいくグディエ君。油断が招いた結果を前に、私はひとりその場に立ち尽くしていた。

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