42.一学期 期末試験 ( 14 )
私が思いついた安全な場所。それは巨大な木の森で見つけたあの滝があるところだった。
ここまでの記憶を頼りに、春のエリアへと向かう。先ほどまでは沈んでいく太陽の光しか道を照らすものはなかったが、いつの間にか森のところどころに光が灯っている。太陽が完全に沈んでも、夜の間も問題なく過ごせるようにという、学園側の配慮だろうか。
移動をしている最中にいくつか既に建てられたテントが目に入った。もう今日の就寝場所を決めて、休憩している者も多いようだ。しかし、どのテントもある程度距離をおいて設置されているし、学生同士で会話している声も聞こえない。たとえ夜の間が休戦時間といえども、明日の朝のことを考えるとそう無計画に警戒を解くわけにもいかないはずだ。
私は目的の滝まで到着すると、少し辺りを歩き回り、テントを設置できそうな平らな場所を見つけた。リュックに手を入れ、テントらしきものを手探りで探す。
「あった。これだわ」
テントらしき手触りのものを掴み、リュックから引っ張り出す。でてきたのは折りたたまれた状態のテントと、その設置方法が書かれた簡易的な説明書。人生でテントの設置などしたことがなく若干不安に思っていたが、案外簡単に設営することができそうだ。
十分もかからず完成したテントの前に立つ。来るときに見かけた他の学生のもとの全く同じデザインだ。できあがったテントの中に入ってみると、人一人入るのには十分な広さがあった。
外に置いてあったリュックも持って入り、寝袋や食料など夜の間に必要なものを準備する。アレクサンダー君、プランケット君と一緒に食べた昼ご飯の光景が脳裏をよぎる中で、私は独りで夜ご飯を食べ始めた。
現在私が獲得した点数は十五点。最初に出会ったマラブルさんから五点。次に、プランケット君の機転のおかげで獲得できたダミアン君からの五点。最後に、レスタンクールさんから獲得できた五点。合わせて十五点だ。
そして、手元に残ったボールに目線をやる。
私が持っているボールはこれが最後のひとつ。仮にこれを誰かの頭に当てることができても、私の点数は二十五点。アレクサンダー君は昼過ぎの時点で既に二十点は獲得していたし、まだボールも余っていたはず。皆がどれくらい点数を稼いでいるか分からないが、私の順位が高いとは思えない。
どうすれば良いのだろうか。手元の水色の染液が入ったボールを見つめながら考える。
『そんなに頑張る必要があるの?』
ふと、あの霧による幻覚の中で見たお母様の言葉が蘇る。
私が頑張る理由……。私は何をしてもダメだから……与えられた課題を精一杯やるしかなくて……。
『自分で自分を認めたらどうですの!』
今度はレスタンクールさんの声が頭に響いてきた。
今日は本当に色々なことがあった。少し頭痛を感じ、額に手をあてる。
頑張らなくても……良いのだろうか……。私には目標も無ければ、目的もない。そんな私が頑張る理由とはいったい何なのだろう。しかし、課題に適当に取り組むという姿勢は、どうかと思ってしまう。
……そうね。できることはやりましょう。とりあえず今はこれでいいわよね……?
「はぁ……」
ぐるぐると巡る思考を止め、考えるのをやめてみる。テントの外に出て、ゆっくりと息を吐き出しながら、目をつむる。頭を空っぽにしよう。
ザァァァーーーーー
静かな森の中で聞こえてくる滝の音。風の吹く音。
「ふぅ」
先ほどまで乱れていた心が落ち着いていくのを感じる。
『あ、あーー。今日はみんなお疲れだったな!そろそろ消灯するからお前らもさっさと寝ろー。休憩も試験のうち!何も考えずに寝ろ!!以上!』
バロリエ先生のアナウンスが森中に響き渡った。しばらくすると、先生の言っていた通り森の中に点々とついていた明かりが消えた。消灯時間のようだ。
私もテントに戻り、もう寝よう。そう思ったときだった。
ふと空を見上げると、上空には見たこともないような満天の星が広がっている。
「きれい……」
思わず独り言が漏れた。
巨大な木が生い茂る森の中、滝があるこの場所だけは空を覆い隠すものがいっさい無く、夜空がよく見える。その星空の輝きをしっかりと目に焼き付け、私はテントに戻り、眠りについた。