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41.一学期 期末試験 ( 13 )

 レスタンクールさんの決断の早さは、私に足りないもののひとつだと思う。


「いきますわよ!!」


 そう言って、植物の種をこちらに投げてくるレスタンクールさん。


「我が力を捧げる。命あるものよ、今その殻を破りたまえ。《生命の息吹き(スーフル・ド・ヴィー)》」


 先制攻撃は彼女の得意とする植物魔法だった。撒かれた種が地面に落ち、彼女の魔法によって急激な成長を見せる。小さな種が割れ、にょきにょきと蔦が地面を這い出した。伸びてくる蔦は私の足を絡め取ろうとする。


「我が力を捧げる。風よ、そなたの手で掬い上げ給まえ。《風の手(ミュール・ド・マン)》」


 私は風魔法で自分をほんの少し浮かせて、そのまま後ろに移動し彼女から距離を取った。地面に蔦が伸びてきていない位置まで移動し、魔法を解除する。


「そう簡単にはいきませんわね」

「今度は私の番です」


 私とレスタンクールさんの間には、彼女の蔦が広がった部分できてしまった。迂闊に近づけない今、私がとるべきは手段は遠距離攻撃だ。レスタンクールさんに向けて両手を伸ばし、魔法を唱える。


「我が力を捧げる。風よ、我が刃となれ。《風の太刀ミュール・ド・フォシーユ》」


 手から放たれた風が刃のようにレスタンクールさんに向かっていく。


「甘いですわねっ!」


 レスタンクールさんは自分の足元に種を落とし、魔法を唱え、またすごい早さで植物を成長させる。今度の種はぐんぐんと真っ直ぐ上に伸びていき、巨大な木へと成長を遂げた。私の放った風魔法は、木の頑丈な幹に阻まれてしまう。風の刃では幹の表面に幾本かの傷跡しか残せなかった。


 私の魔法の威力では、木の幹に傷を付けることはできても、切り倒すほどの威力はない。あのスピードでこの木を繰り返し出されると、遠距離からの攻撃ではすべて阻まれてしまう。


 やはり、レスタンクールさんのあの植物魔法が厄介だ。彼女の判断の早さと植物魔法の相性がとても良いのだろう。その場その場の状況に応じて即座に判断し、様々な大きさ、形の植物を瞬時に出されてしまい、私の攻撃が通らない。彼女の体勢を崩しつつ、私が攻撃する方法……。


 そうか……!レスタンクールさん自身を風魔法でこちらに引き寄せれば良いのだ。自分が持ち上げられるなんて思ってもみないだろうし、彼女のバランスが崩れたところが狙い目だ。そうと決まれば、もう一度。


「我が力を捧げる。風よ、そなたの手で掬い上げ給まえ。《風の手(ミュール・ド・マン)》」


 先ほどは自分を持ち上げた魔法を、今度はレスタンクールさんに向かって放つ。


「えっ!?キャアッ!!」


 風に持ち上げられた彼女は予想通り、バランスを崩した。魔法で浮かせたまま、彼女をこちらに移動させる。少し距離はあるが、レスタンクールさんが体勢を崩している今がチャンスだ。


 風から逃れようとしている彼女と目が合う。私は視線を逸らすことなく、ボールを投げる構えを見せた。

いつも余裕な彼女の顔に焦りが見える。


 今だ……!


 私は近づいてくるレスタンクールさん目掛けて、思い切りボールを投げた。


 ペシャ


「あ……!」


 勝利を確信していた私は、思わず声を漏らしてしまう。


 レスタンクールさんは体勢を整えながらも魔法を唱え、手の中で植物を急成長させたようで、大きな傘のような葉っぱを持っていた。そして、その葉の表面が水色に染まっている。


 私の投げたボールは、見事防がれてしまったのだ。


「間一髪でしたわ。なかなかやりますわね」


 私は風魔法を解き、彼女を地面に下ろした。このまま浮かしていても、無駄に魔力を消費し続けてしまう。


 体勢を崩してもダメだった……。やはり私レベルの風魔法では、植物魔法には対抗できないのだろうか。


 植物に強い属性といえば……炎魔法だ。得意ではないが……迷っている暇はない。やってみよう。


 私は視線をあげ、彼女に向かい両手を上げる。先ほどまで尻もちをついていたレスタンクールさんだったが、もう立ち上がり、しっかりと臨戦体勢を整えていた。私が魔法を放つ素振りを見せるやいなや、またこちらに向けて種を投げてくる。


「やられてばかりいられませんわ!」


 集中して炎魔法を打とうとする私に、彼女の植物魔法が襲いかかる。彼女が次に魔法を唱えると、種から鋭い枝が急速に伸びてきた。無数の枝を避けながら、彼女に狙いを定める。アレクサンダー君ほどの火力はもちろん私には出せない。しかし植物は火に弱い。弱い火力でも、大きなダメージを与えられるかもしれない……!


「我が力を捧げる。炎よ、その力を解き放て。《炎の爆発フラム・ド・エクスプロズィヨン》」


 手の先に温かい感覚がじんわりと広がり、目の前が明るくなる。


 しかしほんの一瞬ふわっと燃え上がった炎は、そのまま消えていってしまった。向かってくる鋭い枝がやや焦げたように見えたが、そこから燃え広がるほどの火力はなく、ダメージは与えられなかった。得意な風魔法ならともかく、他の属性魔法をレスタンクールさんの攻撃を避けながら打つなんて無理だ。


 どうしたら……。


 立ち上がりながら、何か他に対抗する術はないかと考える。


「考えている暇はなくてよ!!」


 声につられてレスタンクールさんを見ると、いつの間にか彼女の横に一本の木が生えていた。先ほどの防御に使われた木とは異なり、だいぶ小ぶりな木だが、たくさん丸い木の実をつけている。レスタンクールさんはそれをひとつもぎ取り、手に持っていた。そして、こちらにその木の実を投げてくる。


 あれがただの木の実では無いことは明らかだ。当たるのは避けるべきだろう。私は横に飛び跳ね、木の実の直撃を避けた。


 パンッ


 地面に落ちた木の実がその衝撃で割れ、小さな破裂音が響き渡る。割れた木の実の中から、何かネバネバした液体が地面いっぱいに広がり、私の左足にも少しかかっていた。


「何……これ……」


 私が左足を持ち上げると、ネバネバした液体がへばりつき、地面からうまく足が持ち上がらない。


「えいっ!」


 思いっきり、左足を振り上げると、その液体から何とか逃れることができた。足に付いたのが少量で良かった。もっとたくさん付いていたら、身動きが取れなくなっていたかもしれない。


 あの丸い木の実、割れると粘液がでてくるのね。それもそうとうな粘力を持った。でもそんな木の実の話……どこかで読んだ気が……。


 ……!!前に図書館の植物図鑑で読んだわ!南の都市特有の木の実だ!確か衝撃が加えられなくても、水に触れると中の液体が溶け出すと書いてあった……はず……。


「まだまだいくわよっ!」


 レスタンクールさんからの二投目がこちらに向かってきていた。


「きゃっ!!」


 先ほどより思い切って横に飛び、飛び散った粘液に当たらないよう注意する。そして、彼女が三投目に向け、木の実をもぎ取っているときだった。


 私は一直線にレスタンクールさんに向かって突っ込んでいく。彼女もそれに気が付き、急いで木の実を準備する。


「そんな直線で走って来るなんて、恰好の的よ!」


 レスタンクールさんは、三投目を投げようと木の実を振りかぶる。


 今だ……!


「我が力を捧げる。水よ、我が想いに応えよ。《水の呼応(オー・ド・レポーンス)》」


 水魔法を彼女の持っている木の実目掛けて放つ。


 パシャッ


 私の放った水が木の実へとかかる。


「キャアアアッ!」


 どうやら私の記憶は正しかったようだ。少しの水だったが、濡れた木の実の表面が溶け、中からあの粘液が流れ出しレスタンクールさんを襲う。


 ペシャッ


 レスタンクールさんの肩が水色に染まった。


 ハアハアハアハア


 静かな森に響く、お互いの呼吸。短時間の間に、相当な魔法を打ち合ったことで完全に息切れを起こしていた。


「私の負け……ですわね。まさか南の都市特有のしかもかなり希少な植物まで知っているとは思いませんでしたわ」

「運が良かっただけです」


 私には一切余裕なんて無かった。結果的には私が勝ったが、こんなにすごい実力がある人に私が勝てる要素など思いつかない。たまたまあの植物図鑑を読んだ。そう、運が良かったのだ。


「……ですの!!」

「え?」


 はじめの方の声が小さく聞き取れなかった。レスタンクールさんは俯き、拳を握りしめている。


「あなたはどうして自分の実力を認めませんの!?」


 顔を勢いよくあげながら、レスタンクールさんが叫ぶように言った。


「私の……」

「どう考えてもあなたの作戦勝ちでしたわ!知識も含めてあなたの実力でしょう!自分で自分を認めたらどうですの!!」

「私は……だって……」


 私は鈍器で頭を殴られたような感覚だった。こんな私に認められるような実力があるのだろうか。そんなこと考えたこともなかった。


『おーーーーい。今日はここまでだぞ〜。これ以降は試合禁止な』


 バロリエ先生のアナウンスが響いた。


『お前らのリュックの中に、テントと食事が入ってるから好きな場所で休め。開始のタイミングはまた明日アナウンスするからな。じゃ!』


 アナウンスが終わると、再び森の中には静寂が戻って来る。


 レスタンクールさんも、私も口を開かず、少しの間沈黙が流れた。


「ふんっ」


 しびれを切らしたように彼女はどこかへ行ってしまった。


 私も行かなきゃ……。ここはまたあの霧が来るかもしれない。どこか安全な場所に移動して、今日はもう休もう。

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