40.一学期 期末試験 ( 12 )
「レスタンクールさん……で、いいんですよね?」
「他に誰がいますの!?」
シュコーシュコー
声も佇まいもレスタンクールさんではある。しかし、顔全体がマスクのようなもので覆われていて顔が見えないのだ。
シュコーシュコー
マスクから漏れる呼吸音が、不思議な音を奏でている。
「そ、そのマスクは……どういう……?」
「箱の中にあったのよ」
一度マスクを外し、顔を見せてくれるレスタンクールさん。外されたマスクは、彼女の手の中で縮んだように見えた。魔力を込めるとサイズが変わるのかもしれない。
「ここの霧がたまに濃くなるから怪しいと思ってたんですの。やはり何か人体に影響を及ぼすものでしたのね」
そう言われて辺りを見回すと、確かに薄っすらと霧が漂っていた。周りにはオルセン家の屋敷はおろか、建物はひとつも見当たらない。枯れ木の森が広がっているだけだ。
「あなた、完全に様子がおかしかったんですのよ?何が起きましたの?」
私は簡潔に自分の体験したことを話して伝えた。巨大な木の森を抜けると、その先に住宅街が広がっていたこと。道を進んでいくと自分の屋敷を見つけ、中に入ると母親が居たこと。細かい内容まではあえて触れる必要はないだろう。
「あの霧には幻覚作用があるようですわね」
ふたりで霧の効果について納得していると、またあの霧が戻ってきた。視界がみるみるうちに白さを増していく。
「また来ますわよ!」
そう言って、レスタンクールさんは何かを地面に投げる。
「我が力を捧げる。命あるものよ、今その殻を破りたまえ。《生命の息吹き》」
彼女が魔法を唱えると、土から大きな木の根が急激な速さで生えだしてきた。
この魔法、以前にも見たわ。卵を捕まえる授業のときにも使っていた植物魔法。先ほど地面に投げていたのは、植物の種だったのね。
そんなことを考えているうちに、成長した木の根が私たちの頭上を覆い被さり、周囲を完全に取り囲んでいた。
「すごいです!これも魔法で囲んでいるのですか!?」
「い、いえ、こういう植物が実際にあるんですのよ。私はあくまでも成長させただけで、植物が助けてくれたんですわ」
そう言いながら、私たちを取り囲む木に手をおき、優しい表情で見つめるレスタンクールさん。自分の魔法が、そして植物が、心から好きなのだろう。
「な、何ですの!そんなにじーっと見てきて!」
「あ、え、すみません!」
無意識に彼女を見つめてしまっていたことに気づき、慌ててそっぽを向いた。
「そんなに簡単に敵に背中を見せるものではありません!ボール当てますわよ!!」
「あ、えと……はい。もう何度も不意打ちに合っています」
思い返してみれば、今日受けた攻撃はどれも不意打ちばかりだった。
「でも……レスタンクールさんは真っ直ぐな方ですので。こんな状況で攻撃することは無いのかなって……」
俯いたまま、何も答えないレスタンクールさん。木の檻の中に沈黙が流れる。
「……勝負ですわよ」
「え?」
小声で早口に何か言われたが、聞き取ることができなかった。
「だから!ここから出たら勝負ですわよ!!」
「は、はい!!」
こちらを振り返りながらきっぱりと言い放つ彼女の気迫に驚き、私は慌てて答える。そして心の中で、やっぱり真っ直ぐな人だと思った。
「そろそろ良い頃合いですわね」
レスタンクールさんが魔法を解除する。まだ外には霧が残っているが、先ほどよりはだいぶ薄くなっていた。
「私、あなたにだけは絶対に負けたくないんですの」
静かにそう言ったレスタンクールさんだが、力強い眼差しでこちらを見ている。
彼女のこの真っ直ぐな想いに、私も応えなければ。
数歩分の距離を置いて、見つめ合う私たち。先ほどまで普段のように会話していたふたりの間に流れる緊張感。
ごくりと生唾を飲んだ自分の音が聞こえたときだった。
「いきますわよ!!」