3.熱いです
「なあなあ!!俺、アレクサンダー・クラーク!南の都市出身だ!好きなものは……」
先生が何の指示も出さないまま教室を出ていったため、クラスは絶賛自由時間中。そして、私の学園生活初日に大きな爆弾を落とした問題の相手、アレクサンダー・クラーク君が目の前に居る。いつの間にか私の机に頬杖をついたクラーク君は、キラキラ輝く目でマシンガントークを繰り広げていた。
熱い……。真っ赤な髪の色も相まってなのか……熱い……。
そして、周囲の視線が痛いほどに突き刺さっている。目の前の男の子のせいで、窓側一番後ろの席がクラス全員の注目の的になっていた。今までの人生で、こんな衆目にさらされた経験はもちろん無く、戸惑いが隠せない。
「君のことも聞かせてくれないか……?」
幻覚なのか……。少し潤んだ瞳で首を傾ける彼に、犬の耳が付いているように見えてきた。
何か言わないと。そう思い、口を開こうとした時。
「こーんにちわー!!」
元気な挨拶とともに、制服に腕章を付けた男女二人組が教室に入ってきた。先ほど先生が言っていた、先輩たちだろうか。
「とりあえず、席に着いて下さい」
元気な挨拶をした先輩と、冷静に指示を出す先輩。とても対照的な先輩方だ。
元気な先輩は、水色の髪をツインテールにし、リボンで結んでいる。濃い青色の瞳と水色の髪が印象的だ。冷静な先輩は、短い茶髪。天然パーマだろうか。髪がくるくるしている。緑色の瞳の上にかけられた黒縁眼鏡は、まさに優等生の雰囲気を醸し出していた。
「とりあえず自己紹介するね!三年の魔法師クラス会長、リサ・イーストウッドです!」
イーストウッド……!その名前にクラス中がざわめく。
ルシミュール国の五つの都市は、各々の自治体制を敷き、まったく別の文化や慣習を持っている。中央都市は国王様が治められ、東西南北の四都市は各々の統領家が治めている。
私の出身である北の都市は、ノースダム家。
西の都市は、ウエストヒル家。
南の都市は、サウスタニア家。
そして、東の都市がイーストウッド家だ。
元気な先輩、もといイーストウッド先輩は、東の統領家のご息女ということだ。
「びびるよねー!分かる分かる。でもこの学園では家のことは一切気にしないで接して下さい!」
イーストウッド先輩が言っているのは、この学園内のルール『公平性』で、私たちも理解はしていた。しかし、いざ身分の高い人が目の前に現れ、クラスに動揺が走るのは無理なかった。
「あ。と言っても、私は三年生。ちゃーんと実力で魔法師クラスの会長になって、ちゃーんと偉いから、その分は敬ってね!」
良かった。その方が助かる。私を含め、クラス全員がそう思っているのではないだろうか。
「会長。初日から一年生をいじめないでください」
「えー、いじめてないよー」
対照的に見えたお二人だが、案外仲は悪くないのかもしれない。
「皆さん、僕は二年生魔法師クラス副会長のライアン・デカルトです」
「無視かーい」
訂正。正反対のコンビだが、絶対に仲良しだ。
「これから僕たちで学園内の案内しながら、学園での生活についても色々お話できればと思います」
「とりあえず二班に分かれましょうか!」
「クラス長はどなたでしょうか?」
勢いよくピンと手を伸ばしたクラーク君と、遠慮気味に手を挙げる私。
「アレクサンダー・クラークです!!」
「あ、セレーネ・オルセンです」
「ほーう……面白いじゃん」
イーストウッド先輩が目を細めながら言う。
「私たちみたいに正反対な感じがいいね~!」
「先輩と一緒にされては迷惑ですよ」
「何だとう!」
と、二人の微笑ましいやり取りを挟みつつ、学園案内が始まった。イーストウッド先輩とクラーク君、そしてクラスの半分で一班。デカルト先輩、私、残りの半分でもう一班。A組二十五人は半々に分かれ、先輩たちに連れられて教室を出発した。
デカルト先輩に連れられて学園内を散策する。行く先々の場所の説明をしつつ、移動中もその他学園生活についてそつなく説明をしていく先輩。学園案内に慣れているのか、それとも元々こういうことが得意なのか。ふと、イーストウッド先輩の案内はどのような感じかという疑問が脳を過ったが、すぐにデカルト先輩の話に頭を戻した。
外から見た学園は大きかったが、実際に中を歩いてみると信じられない広さだった。魔法を学ぶための施設や設備が潤沢に揃えられており、薬学の教室や演習場などは家に居た頃には見たこともない物だった。木造でできた食堂はどこか温かみがあり、これから三年間ここでご飯を食べると思うと、少しわくわくする。他にも図書館や温室まであり、学園での生活で不便を感じることはなさそうだった。
学園内を色々見て回わると、さすがの広さで、空にはもう橙色が滲み出していた。
「とりあえず、一年次に使用する教室は一通り案内できたと思う。時間も時間だ。最後に寮を案内し、今日は解散としよう。そのまま部屋で休むなり、寮内の食堂で夕食をとるなり、後は自由にしてくれて構わない」
その言葉通り、寮までの案内を終えると、『楽しい学園生活を』と一言残しデカルト先輩は行ってしまった。寮の入口に取り残された私たちの前に、次に現れたのは寮母さんだった。
「たくさん歩いたでしょう?お疲れ様。私は一年生寮の寮母だよ」
エプロンに三角巾を付け、笑顔でこちらを見る寮母さん。とても小柄で、身長は私よりも低そうだ。なのに、どこか頼れる感じがあり、何でもどんと来い!という雰囲気を醸している。
「この子たちが案内してくれるからついて行ってね。荷物はもう部屋に置いてあるよ」
そう言い、手をポンと叩く。音と同時に目の前に現れた小さな小さな妖精。周りを見ると、一人ひとりに妖精を付けてくれたようだ。
かわいい……。
私の目の前に浮いている小さな妖精が、必死に斜め右奥を指差している。ジェスチャーで行く方向を示す仕草が可愛く、その姿を眺めながら右奥へと歩き出した。
案内されるがままに廊下を歩いていくと、とあるドアの前で満足気にこちらを振り返った妖精さん。バイバイとでも言うように、小さな手を振り、くるっと一回転したかと思うとそのまま消えてしまった。
あ……。もうちょっと一緒に居たかったな。
妖精さんが消えた先にあるドアに視線を向ける。ここが私の部屋か。ドアには私の名前『オルセン』と一緒に『ギヴァルシュ』と書かれている。ギヴァルシュさんはもう中にいるのだろうか。今日は緊張することばかりだ。
そう思いながら、部屋のドアに手をかけた。