38.一学期 期末試験 ( 10 )
「あははははは!!なるほどな、こりゃ俺たちの負けや!もう戦われへんわ」
ダミアン君は尻もちをついて愉快そうに声をあげて笑っている。他のふたりもダミアン君のそばに集まり、お手上げという様子だ。
私は自分の戦いに集中していたので、他のふたりがどのような戦いをしていたのか詳細までは分からないが、皆で整理したところ、三対三の結果はこのような感じだろう。
まず、パワー系のガルドン君とアレクサンダー君の戦い。結果は、アレクサンダー君がガルドン君の腕にボールを当てて勝利。お昼のアナウンスで既に十五点を獲得していたアレクサンダー君はこれで二十点目のはずだ。
続いて、プランケット君とダミアン君の戦いだが、これはダミアン君が勝利。ダミアン君は最後までプランケット君を追いかけていたが、実は戦闘中、プランケット君が避けたように見えたボールが既に足に当たっていたのだ。
そんなプランケット君だが、ちゃんと五点を獲得していた。私がダミアン君を狙った直後に聞こえてきたドローネさんの悲鳴は、プランケット君の攻撃を受けたからとのこと。ドローネさんの背中にも染液が広がっている。私の背中を夢中で追っていた彼女の背後を、見事狙い撃ちたのだ。
そして、私とドローネさんの戦いについては引き分けと言えばいいだろうか。どちらもお互いにボールを当てることはできなかった。しかし私はダミアン君にボールを当てることで五点を獲得している。
「プランケット君のおかげで点数を稼ぐことができました。ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそですよ」
ドローネさんとの戦いの最中、私にしか聞き取れない小声でプランケット君が囁いた言葉。
『オルセンさん、そのまま右に曲がって走ってください。それから……もう三十分経ちましたよ』
誰もが戦いに夢中になっている中で、冷静なプランケット君だけが気づいた事実。ダミアン君たちが登場と同時に仕掛けてきた攻撃で、私はダミアン君にボールを当てられていた。試験のルール上、ボールを当てられてから三十分間はボールの当て返しは禁止されている。
しかし彼の助言で、私はもうダミアン君を攻撃できると知ったのだ。そしてプランケット君を追いかけるのに夢中になっていたダミアン君の腰辺りにボールを当て、五点を獲得した。
この戦いについて考えていると、プランケット君が近づいてきた。そして差し出された右手。私もそれに応えるように手を差し出し、ふたりで握手を交わす。一緒に戦った、戦友と呼べば良いのだろうか。今までに無い感謝や信頼、称賛などの入り混じった複雑な感情が芽生えていた。
「あ!!おいー!俺も入れろよー!!!」
大声を上げながら近寄ってきたアレクサンダー君の手が、握手している私たちの手に重ねられる。
「俺たち最高のチームだったな!」
「ですね」
「えぇ!」
三人で視線を交わし合うと、自然と笑顔になれた。
この学園に来るまで、私は何もかもをひとりでやったきた。遊び相手も、話し相手も、一緒に勉強する相手もいない。それが当たり前だと思っていた。
しかし、この学園に来て私の生活は一変した。友達ができて、一緒に図書館で勉強して、チームを組んで戦って……。ただの成り行きで組んだチームだったが、人生で初めての感情に何か胸に込み上げてくるものがあった。
「いやーー!楽しかったな!もう一回やるか?」
いつもの笑顔でそういうアレクサンダー君。
楽しい……。そうだわ……。私、楽しかったんだわ……!!
本を読んでいるときとはまた違う『楽しさ』があった。いつもとは違う新しい感じの何か。
「勘弁してや〜。休憩や休憩!そっちのチームのこれまでの話とかも聞きたいし、一時休戦しよや」
戦いで疲れているのは皆同じようで、ダミアン君の意見に賛同し、円になって座った。アレクサンダー君だけはまだまだ元気が有り余っているように見えたが、皆と話すのも楽しそうと思ったようで、大人しく私の隣に座った。
ダミアン君は水筒の水を飲みながら、ここに来るまでにあったことをかいつまんで話し始める。
私たちが呑気に昼ご飯を食べているを発見したダミアン君。周りを見ると同じく様子を伺っているガルドン君とドローネさんを見つけたらしい。そこで『三対三で仕掛けへん?』というダミアン君の提案にふたりとも乗ったことで、チームが結成されたのだ。
「ワイから持ちかけた話やったのに、結果的にひとりだけ点数稼いじゃってほんま堪忍やで」
ダミアン君が両手を合わせながら、ふたりに頭を下げる。ふたりはそんな事微塵も思っていなかったとばかりに、ぽかんとした表情でダミアン君を見ていた。
「これはもうしゃーない。何やったらワイに当ててくれ!」
いつもの冗談地味た雰囲気ではなく、真剣にそう言って両手を広げたダミアン君。
「っぷ、ふふふ。何言ってんのよ!チーム連帯責任!」
「そうだぜ!そんなことは絶対にしない!!俺たち全力でやったんだ!どんな結果だろうと後悔なんてないからな!」
「リシャール……マルセル……ワイら、もうマブダチやからなぁ!!」
「油断して後ろ向いてたら、しっかり頭に当ててあげるからね」
「そうだな!はっはっは!」
色々あったけど、三人も一件落着の様子。
休憩も兼ねながら六人で色々と話し合いをする中で、話題は今後の方針についてになっていた。チームでの戦いが楽しかったことや、お互いへの信頼が増してきたこともあり、今後もチームでの行動を継続しないか、という話だ。しかし、今回のように獲得点数のばらつきが出ることや、他の生徒たちがチームを組んでいないかった場合フェアではないという意見もあり、個人の成績を見られる今回の試験では個人行動が良いという結論に至った。
議論の決着もつき、休憩も十分に取れた。別れの時間だ。
全員で同時に移動し始めるのもどうかという話になり、じゃんけんで順番を決め、ひとりずつ出発していくことに。私の順番は最後だ。
ひとりずつ出発していくのを、見送っていく。
「ほんなら、ワイの番やな。ふたりで仲良うするんやで!」
にやにやしながら、四番目のダミアン君が出発していった。残されたのはアレクサンダー君と私。
「あ、あのさセレーネ!!」
「は、はい!」
急に真横から大きな声で話しかけられ、驚いて私も大きな声で返事をしてしまった。
「あのさ!!あの……」
大きかった声が、今度は小さくなっていき、もじもじしているアレクサンダー君。
「この前言えなかったことなんだけど」
この前……。勉強会の帰り際に何か言いかけていたことかしら……?
「今度さ、ふたりで出かけねえか?」
「ふたりでですか?」
「ああ!そりゃ学園内にはなるんだろうけどさ。とっておきのところ連れて行くから!だから!!」
いつもは何でも真っ直ぐはっきり言うのに、今日はなぜか緊張している様子のアレクサンダー君。それを見ていると、何だかおかしくなってきてしまった。
「ふ、ふふ」
「そ、それはいいってことか?どうなんだ!?」
焦っている様子を見ていると余計に笑いが堪えられなくなってしまう。
「分かった!一位をとる!俺この試験で絶対に一位を取ってみせる!そしたら行ってくれるか!!??」
「ふふふ。え、ええ。分かりましたから……ふふふ」
「わ、笑うなよ!絶対だからな!!!」
そう言って、小指を突き出してくるアレクサンダー君。約束しろということだろう。私も小指を出し、指切りをした。
アレクサンダー君は、嬉しそうに子犬のような笑顔で飛び跳ねている。
「じゃ、デート楽しみにしてるな!!」
そう大声で言い残すと、信じられない速さでアレクサンダー君は走っていってしまった。
デート……!!??それって、男女二人が一緒にお出かけするという……ロマンチックなものよね……?た、確かに男女二人という部分に関しては当てはまるけれど。
全く意識せず了承してしまったが、先ほどの誘いは『デート』のお誘いだったのか。それを自覚すると何だか恥ずかしくなり、顔がどんどん熱くなっていくのを感じる。
「しゅ、集中よ。集中。今は試験中なんだから」
熱くなった頬を抑えながら、自分に言い聞かせた。