33.一学期 期末試験 ( 5 )
とても不思議な体験をしている。
開けた場所を目指し移動してきた私は、巨大な木々の端まで辿り着いた。眼の前は緑豊かな森から打って変わって猛吹雪。視界一面真っ白に染まった景色は、見るからに寒そうだ。何が不思議かと言えば、眼の前に広がっている光景ももちろん不思議なのだが、今私の立っている場所が寒くないことも信じられない。木々の先はあれだけ吹雪いているというのに、この木の陰は何なら少し暑いくらいだ。
「やべー!何ここ。すっごい寒いじゃん!!」
「さ、寒いですね」
突如現れた銀世界に圧倒されていたが、私を追い越していった二人組がいたことを思い出す。雪の中を寒い寒いと言って騒いでいるのは、アレクサンダー君とプランケット君だった。アレクサンダー君は相変わらずの賑やかさだ。一方のプランケット君はアレクサンダー君とは真逆の印象で、寡黙とまではいわないが、冗談は言わず真面目なタイプだと思う。
授業には常に真剣に取り組み、分からないことがあるから教えてくれと言われたこともあった。私に対してだけではなく、気になったことがあればクラスメイトの誰にでも質問しているようで、『先ほど使っていた魔法はどういうものなのか』だったり、『あの問題をどのように解いたのか』と、分からないことを聞いてはメモをとっている。そんな真面目なイメージだ。
かくいう私も分からないことがあれば気になってしまうたちなので、周りに聞きたいのだが、普段話さない人に質問する勇気も無い。そのため、私は休日に図書館へ赴き、分からないところは自力で理解しようと試みている。ただ私の方法では、疑問に思ったことを調べるまでに時間が空いてしまうため、いざ図書館に着いても、どうしてそんな疑問を持ったのか、どんなことが気になったのか分からなくなってしまうことも多々あり……。だから疑問をその場その場で質問できるプランケット君を密かに尊敬していたりする。
「っよし!ここなら障害物も無いし、思いっきりやれるな!」
「そうですね」
会話から察するに、二人は森の中で遭遇したが、木々が障害となって戦いづらいため、開けた場所まで移動してきた……というところだろうか。さっきまで寒い寒いと騒がしかった二人が沈黙し、聞こえるのは吹雪の音だけになった。
お互いから視線を逸らすことなく、間合いを取る二人。先に仕掛けたのは意外にもプランケット君だった。
普段の授業では、特に指定がない限り、基本的にみんな自身の得意属性の魔法を使用する。何気なく使ってきた得意属性をより理解し、その属性の力を伸ばしていくのだ。そのため同じクラスで授業を重ねていくと、クラスメイトの得意な魔法属性はだいたい把握できてくる。しかしプランケット君はどの魔法属性も等しく練習していたため、何を得意としているのか分からない。いざ戦いの場に立った彼がどのような魔法を使うのか、興味が湧いた。
彼が最初に発動したのは土魔法だった。降り積もった足元の雪の中から、小さな土の人形のようなものが顔を出す。一体、また一体と雪の中から湧いてくるようだ。雪から這い出た人形たちはアレクサンダー君の足にわらわらと集まっていったかと思うと、足から這い登り始めた。
「わ、わ!何だこれ!?」
登ってくる土人形を、手で払いのけようとジタバタ暴れるアレクサンダー君。
「くすぐって!おい、やめろって!!」
手でいくら払われてもまた登ってくる土人形たち。その上、雪から新たに顔を出す人形もいて、どんどんと数が増え続けている。手で払いのけるだけで対処できる量ではなかった。それをアレクサンダー君も察したようで、手を動かすのをやめ、意識を集中させる。彼が発動したのは水魔法。どこからともなく現れた水は、彼の周りの土人形たちをすべて器用に絡め取り、流し去っていった。
「身体能力が異常に高く、炎魔法を得意としている君の足を止めるには、土魔法が最も効果的だと思ったのですが……。火の効きづらい土人形相手に、もう少し足止めされてくれるかと期待しましたが、そう上手くはいきませんね」
かけていた眼鏡に指をあてながら言うプランケット君。
「そう簡単にやられてたまるか!」
もう一度、見つめ合う二人。先ほどのプランケット君の発言からも伺えるが、ボールの個数に制限があるこのテストでは、やはりどれだけ相手の動きを止められるかが肝だ。百発百中でボールを当てる魔法があれば別の話だが、そんな都合の良い高難易度魔法を使える一年生はそうそういないだろうから。
もう一つ、この戦いの行く末を左右する要素があるとすれば、この天候だろうか。膝下程度まで雪が積り、俊敏に動くことは難しそうに見える。そして何よりこの激しい吹雪。並大抵の火は数秒と持たず消されてしまうだろう。身体能力の高さと、得意の炎魔法が思う存分発揮できないこの環境は、きっとアレクサンダー君に不利に働くはずだ。
彼の方へ視線をやると、私の心配をよそに、アレクサンダー君は口元に笑みを浮かべながらプランケット君を見据えていた。
そして、次に仕掛けたのはアレクサンダー君だった。両方の手の平を自分の足元に向けたかと思うと、炎魔法を発動させた。手の平から放たれる炎が足元の雪を溶かしていく。
足元の雪を溶かして、機動性を確保しようとしているのかしら。にしても、この吹雪の中じゃ相性が悪いでしょうに。得意魔法だからって、この状況で炎を選ぶのはちょっと安直ではないかし……
「本番はこれからだぜっ!!」
そう言って、にやっと笑ったアレクサンダー君。
本番……?
「行くぞおおお!!おりゃーー!」
アレクサンダー君が大きな声とともに魔力の放出量を一気にあげる。手から放たれる炎は、彼の身体を宙へと押し上げてしまうほどの威力だ。舞い上がった彼から放たれている炎は、ここから見ると大きな火柱のようだ。
先ほどまではじんわりと彼の足元の雪を溶かしていただけだったが、今は周囲一帯の雪をいっせいに溶かしている。プランケット君は、あまりの魔法の威力に驚き、口をぽかんと開けていた。
そうよね……。ここから見ても大きい火柱だもの。そんなものが急に目の前に現れたら、誰だって驚くに決まっているわ。
プランケット君の足元の雪まで既に溶け、濡れた地面が顔を出していた。
「お次はっと!!」
浮いたまま態勢を整えたアレクサンダー君は、片手をまっすぐに上に伸ばした。まだ何かやる気のようだ。あれだけの火力で自分の身体を宙まで押し上げてしまったこともすごいのだが、あたかも宙に浮いているかと思わせるほど滞空時間が長いことも異常だと思う。身体能力の高さだけで、あれができるものなのだろうか。
「いけええっ!!」
高く空に向けて伸ばした手を、真っ直ぐに下ろしたかと思うと、彼が放ったのは氷魔法だった。先程の炎魔法で溶かされた雪は水になり、それが今度は凍っていく。
「あっ……!!」
プランケット君が小さく声を上げた。
アレクサンダー君の放った氷魔法が、プランケット君の腰あたりまでを凍らせた。身動きが取れなくなった彼は、慌てて足元に火の魔法を放つ。土魔法に続き、火の魔法を難なく出せるのはすごいが、やはり威力はアレクサンダー君に遠く及ばない。ゆっくりと彼の足元の氷が溶けていく。
「これで決まりだぜっ!!!!」
いつの間にか地面に着地していたアレクサンダー君。氷の上だと言うのに器用にバランスを取りつつ、プランケット君めがけてボールを投げつけた。
ペシャ
プランケット君のヘルメットが赤色に染まる。
「あっ……」
ちょうど足元の氷を溶かしきった彼だったが、ボールを避けるのはあと一歩間に合わなかった。バランスを崩し、そのまま尻もちをついてしまう。
アレクサンダー君、十点だわ!
「ははは。流石ですね、クラーク君。あんな大きな火柱、初めて見ましたよ」
「お前の土人形もすごかったぜ!」
そう言いながら駆け寄ったアレクサンダー君が手を貸し、プランケット君が立ち上がるのを手伝う。立ち上がったプランケット君に向かって、手をあげるアレクサンダー君。少し首をかしげたプランケット君だったが、意図が分かったようで、パンッと良い音をさせてハイタッチをした。何だか二人とも満足そうな顔をしている。
すごい試合だったわ……。
『お前ら~~お昼の時間だぞ~!今から中間発表読み上げるから、聞いておけ〜
アレクサンダー・クラーク 十五点
ダミアン・アルヴィエ 十点
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アナベル・レスタンクール 五点
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セレーネ・オルセン 五点
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以上が午前中に点数獲得した奴らだ。まー、まだ三時間しか経ってないからな。昼飯もちゃんと食いつつ、気張ってけよ〜〜。次の発表は夕方頃だかんな〜〜』
先生のアナウンスが終わり、辺りに静寂が戻って来る。
「あれ?セレーネじゃん!!」
戦いに夢中になり、いつの間にか木の陰から身体がはみ出てしまっていたようだ。二人に私の存在がバレてしまった。
こちらに大きく手を振るアレクサンダー君と、会釈するプランケット君。とりあえず私も二人に会釈を返す。
「なーなー!三人で飯食おうぜ!!」
勝負が終わったばかりの相手とご飯を食べるのは気まずくないのだろうか。そんな考えもよぎったが、プランケット君は一切気にしていない様子で、ぜひともという雰囲気で頷いている。私から断る理由もないので、お言葉に甘えることにした。