32.一学期 期末試験 ( 4 )
マラブルさんが立ち去った後、もう一度念入りに辺りを見回し、私はやっと一息つく。
今までの授業で魔法の打ち合いのようなものはやってきたが、あそこまで本格的な戦闘は初めてだった。全速力で相手から逃げることも、背後から狙われることも。いつどこから襲われるか分からない緊張感は、今までにない疲労感をもたらした。
いつも動くより前に、考え込んでしまうのが私の悪い癖。時と場合によっては考えてから動くことが最善の場合もあるが、この試験では、立ち止まって考えていると動かない的になってしまう。動きながら思考する。これをいつでもできるようにならないと。
でも、とりあえず五点……!残りのボールはまだ四個ある。最初に考えていた通り、マラブルさんに一個のボールを確実に当てるという目標は達成だ。試験は明日まである。極力浪費は避けて、確実に狙ったタイミングで使っていかなければ。
「ふぅ」
戦闘が終わり、早鐘を打っていた心臓も落ち着いてきた。緑豊かなこの森の空気は、澄んでいて本当に美味しい。肺いっぱいに空気を取り込み、そしてゆっくりと吐き出した。
「綺麗」
ザァァァーーーーー
あら……?
森に着いた時、どこか遠くで聞こえた水の音がとても近くに聞こえる。音の方を振り返ると、大きな木が視界を遮っていた。木をぐるりと回り込み、木の向こう側を覗いてみると、そこには大きな滝壺があった。マラブルさんと戦っている時は、ボールを当てることに夢中で気がつかなかったが、いつの間にか滝のそばまで来ていたようだ。
滝壺に近づき、天から落ちてきているような水を見上げる。横にも縦にも大きく、この森らしい本当に巨大な滝だ。滝の勢いで細かい水しぶきが舞い散り、顔にひんやりとした感触が伝わる。走ったせいで熱くなっていた身体に、この冷たさは心地良い。太陽の光を受けた水しぶきは光を反射し、七色に光っているようだ。心も身体も癒やされる、そんな空間に包まれていた。
「すーーー、はーーー」
もう一度大きく深呼吸をする。
よし、休憩終わり。今度こそ先ほど見えた開けている場所を目指そう。この素敵な場所にずっと居たい気持ちもあるが、四季の森はまだまだ未知な部分が多い。見たことのない光景を見たい、そんな好奇心が私の中でむくむくと膨れ上がっていた。先ほどの戦闘も、もちろん緊張や不安もあったが、純粋にわくわくした気持ちがあったことは嘘ではない。色々な魔法を見てみたい。魔法には無限の可能性があるように思えるのだ。
自分自身、この感情には少し驚いている。
デスゲーム。実技試験。ボールの当て合い。そんな単語を聞いた時には、自分がこんなに熱中するとは思っていなかった。いうなれば、図書館を歩いている時に知らない本の背表紙が目に入り、この本はどのような本だろうと手に取る、そんな時の気持ちだ。
私は足取りも軽く、風魔法で小さくジャンプを繰り返しながら、開けた場所を目指し始めた。もちろん周囲への警戒は怠らない。先ほどの戦闘で学んだことを活かしながら、この実技試験に挑んでいくのだ。
「あれ?」
周りを見ながら移動していると、他の木よりやや小ぶりな木の根元に箱が置かれている。小ぶりといっても、私の身長の何倍も高さのある木なのだが。近づいて箱をよく観察してみる。そういえば、バロリエ先生が魔道具の入った箱があると言っていた。両手で持てるくらいの大きさの箱。特に鍵はかかっていないようで、ゆっくりと蓋を持ち上げる。
「何かしら……これ」
箱の中に入っていたのは、白い、何かの取っ手のようなもの。取っ手を掴み、箱の中から取り出そうとすると、取っ手の先にぐんぐんと細長い傘が姿を現した。箱の中に入っていた時は傘の取っ手しか見えなかったが、引っ張ると傘の先が現れる仕組みになっていたようだ。
箱を地面に戻し、傘を広げてみる。パッと開いた傘をよく観察したが、何の変哲もない傘だ。傘地は透明で日傘としての役割は果たせなさそう。本当にただの普通の傘だ。
先生が言っていた言葉を思い出す。
『森の中の各所に箱が置いてある。魔法の込められていない魔道具が色々と入ってるから、それも好きに使え』
魔法の込められていない魔道具。そうか、私が魔法を込めることで使えるんだわ。
まずは得意な風魔法の魔力を込めてみる。しかし、傘はうんともすんともいわない。続いて、土魔法。こちらも反応はない。炎魔法、水魔法、雷魔法と様々な属性の魔力を込めてみたが、傘は相変わらず何の変哲もない傘のままだった。
もう一度注意深く傘を観察するが、魔法石がはめ込んである訳でも、魔法陣が刻まれている訳でもない。現状、これはただの傘としか言いようがなかった。
これをどうやって使えば良いのかしら。先生の話から考えて、きっと魔法で使えるものだと思うのだけれど……。
傘を開いて、閉じてを繰り返す。取っ手、傘地、中棒……全ての部品をじっくりと見直してみる。思いつく限りのことを全て試してみたが、傘に一切変化は見られず、私は諦めて傘を持ってきたリュックの中にしまい込んだ。
渡された小ぶりなリュックのサイズと大きな寝袋のサイズを考えると、リュックにも魔法がかけられているのではないかと思ったが、予想通りだった。先ほどの箱と似たような魔法がかけられているのだろう。大きいものも、細長いものも、何でも収納できそうだ。唯一の難点は、中が見えないために、手探りでものを出し入れする必要があるところだ。
「んー、えーと……よし」
手探りでリュックの中を弄り、安定した場所に傘を収納することができた。リュックを背負い直し、また動き出す態勢に入る。風魔法で大きな根っこに登り、移動を再開した。目指している開けた場所まではもう少しだ。
「きゃっほーーーーーーーーーーーーーい」
「待ってくださーーーーーーーーーーーい!!!」
根っこの上り下りしている私の横を、突然、二人組がすごい勢いで通り過ぎていった。何かに夢中になっているのか、私の存在には気づかなかったようだ。
「さっみ!!!」
先を進んで行った一人が大声でそう言ったのが聞こえた。私は見つからないよう注意しながら、距離を置いて進む。あの開けた場所までもう少し。二人の気配に注意しつつ、私は恐る恐る木の陰に隠れながら開けた場所を覗き込んだ。
「え……雪?」
木々を超えた先に広がったのは視界一面の銀世界。吹雪が私を待っていた。




