31.一学期 期末試験 ( 3 )
「あにゃにゃーん。ボール一個無駄にしちゃったぁ」
先生の言葉を借りると、私たちは現在デスゲームの真っ只中。しかし聞こえてきたのは、全くこの状況に似つかわしくないテンションの声。まるで授業後の休憩時間のような雰囲気だ。声の主は褐色の肌に明るい金髪をなびかせたレオニー・マラブルさん。猫のような目で、木の上からこちらを見下ろしている。話したことはないが、彼女もまたクラーク君とは違った意味でクラスの中心に居るような人だ。
「セリセリだよね?」
「セ、セリセリ..........?」
私のこと……よね……?生まれて初めての呼び方に戸惑いが隠せない。
「私のことはレニャって呼んでねん」
「は、はぁ……」
私、セレーネはセリセリ。レオニーさんはレニャ。私にはよく理解できないが、彼女流のあだ名の付け方があるようだ。
マラブルさんは相変わらず、上の方でニコニコしながらこちらを見ている。ただ楽しそうに会話しているようにも見えるが、様子見をされている、そんな気もする。そして、どちらも口を開かない一瞬の沈黙が訪れた。
「我が力を捧げる。雷よ、我が想いに応えよ。《雷の呼応》」
視界に鋭い光が現れる。会話の途中で突然仕掛けられた攻撃。態勢を崩しながらも、斜め上から落ちてきた小さな雷を何とか間一髪で避ける。小さいとはいえ雷。まともに当たれば、大きなダメージを受けるだろう。雷を受けた足元の草を見ると、うっすら黒く焦げている。
マラブルさんの手は雷魔法の余韻で、バチバチと音をたてながら光っている。
「めんごめんご!ちょっと転ばせようって思っただけなの!少し近すぎたね」
手を合わせながら謝るマラブルさん。彼女の真意までは分からないが、私が避けなければ雷は完全に直撃していた。
「いや~。さっきボール当てるために風魔法を使ったんだけど、やっぱり雷魔法のほうが使いやすいにゃあ」
彼女が姿を現したときからずっと感じる違和感。このテストに、デスゲームに一切緊張していないのか、おちゃらけた雰囲気が見え隠れするのだ。今度は手を組み、ぐーっと伸びをしているマラブルさん。
緊張感が見えずとも、テストへのやる気はあるはず。でなければ、魔法で攻撃してきたりしない。マラブルさんの登場に圧倒され、何もできず突っ立っているばかりだったが、私も頑張らないと。ボールを当てるんだ。
彼女の話を鵜呑みにするのであれば、マラブルさんの得意魔法は雷。風魔法も使えるが少し苦手なようだ。対して私は風魔法が得意。得意属性だけで考えれば、不利な戦いではない。
しかし、問題はボールを当てるということ。今回のテストは、ただの魔法の打ち合いではないのだ。しかも手持ちのボールの数には限りがあるため、無駄打ちは極力避けなければならない。理想をいえば、マラブルさんには一個のボールを確実に当て、残りの四個は温存しておきたいところ。そんなことを考えている間に、マラブルさんが先ほどまで居た木の上から姿を消した。
っもう……!どうしていつも頭でっかちに考えてしまうのかしら!!
考えごとに夢中になって、マラブルさんを見失ってしまった。大木が視界を遮り死角の多いこの状況。見えない敵相手にボールの当て合いをするのは、あまりにも分が悪い。とりあえず後ろに振り返り、走り出す。マラブルさんが今どこにいるかは分からないが、まずは距離を取らないとボールを当てられてしまう。
「我が力を捧げる。雷よ、我が想いに応えよ。《雷の呼応》」
痛いっ……!
今度は雷が右腕を掠めていった。掠めた瞬間に一瞬だけ痛みが走る。大きなダメージではないが、右腕に少し痺れが残っている気がする。やはり、あの雷に当たるのはまずい。
マラブルさんも私と同じことを考えているなら、もうボールの無駄打ちはしないだろう。彼女は既に一個使ってしまったのだから。私の足を完全に止め、確実に当てられる状態にしてからボールを投げるはず。無駄にしたボールの分まで取り返そうと頭の十点を狙うなら、私が根を越える度に、頭の位置が上下する今の状況は相当狙いずらいはずだし。そう仮定すると、逃げ続けられている今はボールが飛んでくる可能性は低いといえるだろう。だから、あの雷を打ってきているのだ。直撃して、私の全身が痺れ、動きを止めることを狙っている。
足を止めずに思考を巡らし続ける。
今の攻撃は後ろからだった。マラブルさんは私の後ろを付いてきているということだ。どのように木の枝を飛び渡っているのかは不明だが、大きな根本を何度も上り下りしている私より早く移動できているはず。早く隠れる場所を見つけないと。
隠れる……。私が隠れたら、マラブルさんはどうするかしら……。そうか……!!
一際大きな木を見つけ、そこを通り過ぎた瞬間に急停止し、木の背後に回り込む。足元を見ると背丈の伸びた草木が生い茂っていた。あまり得意ではないが、ここは土魔法の出番だ。
「我が力を捧げる。土よ、我が想いに応えよ。《土の呼応》」
まだ精密な操作ができないため大雑把ではあるが、足元の土を人がしゃがみ込んだくらいの大きさにこんもりと積み上げた。そこに着ていた上着を被せる。
よし!
まだマラブルさんが追いついていないことを祈りつつ、今度は風魔法で木の上へと登る。できるだけ草に身を隠し、周りの気配に注意しつつ息を潜めた。
ガサガサ
葉が揺れる音が聞こえる。マラブルさんが近づいてきたのだ。どこにいるか姿が見えない。私の姿も見えていないことを祈りつつ、私はただ息を殺す。
全速力で走った後に急に動きを止めたせいで、心臓がすごい速さで刻み続けてる。額には汗が浮かび、息を殺すために呼吸を制限すると、酸素不足で頭がクラクラしてきた。魔力はまだ問題ないが、体力が限界だ。これ以上、走って逃げることはおそらく無理だろう。ここで決着を付けないと。
スタッ
マラブルさんが地面に降りた音がする。彼女の姿はまだ見えないが、地面の枯れ葉が踏まれてカサカサと音を立てる。近くまで来ている。
枝の上を飛び渡りながら追ってきていた彼女には、ずっと私の姿が見えていただろう。ある一瞬を除いて。私が木の根を降りる瞬間。その瞬間だけは、私の姿は根っこに隠され、見えなくなっていたはず。しかし、走り続ける私の頭がまたその根から姿を現すというのが何度も続いていた。
そんな時、私の頭が姿を現さなくなったらどう思うか。きっと根本に隠れたままだと思うはず。
カサ……カサカサ
視界に彼女の姿が現れる。私の登っている木の根元辺りを、少し離れたところから確認しながら近づいてきている。生い茂った草むらの中に薄っすらと見える上着に気がついたようだ。足を止めて、狙いを定めた彼女は雷魔法を放った。
「我が力を捧げる。雷よ、我が想いに応えよ。《雷の呼応》」
彼女の放った雷は見事、私の上着を被せられた土の塊に命中した。
今だ。
木の上から、彼女めがけてボールを投げつける。
ペシャ
雷魔法を的中させたと思ったマラブルさんに生まれた一瞬の油断。マラブルさんの背中にボールが命中し、水色の液体が広がった。
「はぁはぁはぁ。五点……!!」
息も絶え絶えになりながら、何とか点数を獲得できた嬉しさを噛みしめる。
「あにゃにゃーん。やられちゃったぁ」
私の方を見上げながら、肩をすくめるマラブルさん。上から見下ろしているのは何だか失礼な気がして、私も地面に降りる。私がボールを当てたので、マラブルさんはこれから三十分間、私にボールを当てることができない。つまり、彼女は今はもう敵ではないのだ。
「セリセリ強いね!!!」
「い、いえ。たまたま上手くいっただけで……」
「それ私のこともバカにしてる?」
急に雰囲気が変わったマラブルさん。真顔でこちらを見つめている彼女は、もはや別人のようだ。
「い、いえ!!!そんなことは!」
「謙虚なのは悪いことじゃないけど、それが人を傷つけることもあるんだよ」
言葉が出ない。
「それじゃ!」
くるりと踵を返し、背を向けるマラブルさん。
「敗者はここを離れようかにゃあ。またねセリセリ!!」
元の雰囲気に戻った彼女は、手を振りながら去っていった。