2.初めての友達
大賢者テオドール・ハートランドの魔法に魅了された私たちに、先生からの各種アナウンスがあった。私たちは、どこか夢見心地で先生の話を聞いていた。
ホールでの集まりは解散となり、教室への移動が始まる。一年生はA組、B組の二つあり、私は合格通知書によるとA組だった。
A組の教室に着き、中を覗き込むと、先に到着した子たちが楽しそうに何か話している。きっと先ほどの魔法の感想でも盛り上がっているのだろう。
やっぱりあの輪の中に入っていくの、私には難しいのよね。はぁ……。このままドアの前に突っ立っているのも邪魔になるし、入って席に着こう。
教室に入り黒板を見ると、『好きに座れ』と簡素な指示が。ホールの時と同様、話しかける勇気の無い私は、教室を見回し空いている席を探す。窓側の一番後ろに空席を見つけ、ひっそりと移動し着席した。
窓の外に目をやる。ちょうど下は庭になっており、緑の芝生の上にはベンチやガゼボが設置されていた。きっと温かい昼下がりには、学生たちが集まるんだろうな。
「とーちゃく!!」
長閑な景色を見ていると、騒がしい声が耳に飛び込んできた。巻き込まれるのは嫌なので、あえて窓の外から視線は外さず、外の景色を眺め続ける。
「おー!よろしくなー!」
聞こえてくる会話から、声の主がもうクラスメイトと打ち解けているのが分かる。仲良くなるの早すぎるよ……。人が集まってきたのか、教室全体も先ほどよりざわざわと賑わってきていた。
「あれ、もう最後だ。どこが空いてるかな……あ!」
隣に誰かが座る気配を感じる。
「私ダリア・シャルゾン!よろしくー!」
隣の人も周りと仲良くなるの早いわね。
「あ、あのー?」
はぁ……。このままではお茶会の時と同じ。また友達を作れずに孤立してしまうのかしら……。
「ねーねー」
肩に何かがトントンと触れた、というか軽く叩かれた。振り返るとこちらを見つめる赤い瞳の女の子。
「私……ですか……?」
「そうだよ!!私ダリア!あなたは?」
「セレーネ・オルセンです」
「あははは!なんか硬いね!ダリアって呼んで!」
肩にかかるくらいのまっすぐな黒髪を揺らしながら、瞳を細めて笑う彼女。
「えっと……ダリア?」
「うん!よろしくね!」
ダリアは、人と話すのが苦手な私でも話していると楽しくなってしまう気さくな子で、お互いのことをしばらく話すと、もう打ち解けられてきた気がした。
「友達ができるか不安だったから、隣がセレーネで嬉しい!」
「友達……」
「うん!友達!」
私にも……こんな私にも友達ができた……!
感動に浸っていると、扉がガラガラと音をたてながら開き、先生らしき人が入ってきた。
「おー!みんな座れー!」
あの口調、やはり先生のようだ。しかし、癖っ毛を無造作に束ねたポニーテールが、何だか教師らしくない雰囲気を放っている。
「お前たちの担任をする、カロル・バロリエだ。とりあえず学園の説明でもすっか」
教師らしからぬあっけらかんとした雰囲気のバロリエ先生だが、この学園のことはとても分かりやすく説明してくれた。
まず大事なことは、この学園が全寮制であるということ。長期休暇以外の外出は認められない。これから三年間、基本的にこの学園の中で過ごしていくことになる。授業は三学期制のため、学期の合間に年三回の長期休暇がある。休暇中は帰省することも、そのまま寮に残ることも学生の自由だ。
もう一つ学園が重んじていること。それは『公平性』だ。学園内で、身分による差は一切許されない。高位階級の者が権力を振りかざすことも、平民や下層階級の者が他者へ媚びへつらうことも禁じている。
この二つのルールを遵守し、この学園での三年間を過ごしていく。一年生ではまず基礎を学び、二年生からはより専門的な学習に進む。二年生からはクラスも、魔法師・魔法騎士・魔法技師と三つに分かれるらしいが、その説明はまた別の機会に、ということだった。
「まぁ、なんだ?あとで先輩たちが来てくれっから、もっと詳しいことはそいつらに教えてもらえ。で、次は自己紹介な~!」
じ、自己紹介……学園の説明に集中していたせいで、完全に油断していた……。そ、そうよね。あるわよね、自己紹介くらい。
人前で話すのが大の苦手な私は、一瞬で喉がカラッカラになった。先生の指示で、廊下側の前の席から順に自己紹介をしていくことに。自動的に、窓側一番後ろに座った私は最後だ。緊張しつつも、順番に起立し自己紹介をするクラスメートたちを見ていた。
「ダリア・シャルゾンです!よろしくお願いします!」
隣に座るダリアが起立し、クラス全体に視線を配りながらはきはきと自己紹介をする。
ダリアはすごいなあ。とても堂々としている。
ダリアが着席すると、ついに私の座る窓側の列にバトンが渡され、一番前に座る子の自己紹介が始まった。一番前の子が終わると、二番目の子。そしてその次。
私の前の子が終わり、次はいよいよ私の番だ。席を立ち上がると、クラス全員の視線がこちらに向く。もう頭が真っ白で準備していた言葉は全てどこかへ消えてしまった。
「セ、セレーネ・オルセンです」
何とか自分の名前だけ、乾ききった口からひねり出す。
ガタン!!
「俺と結婚してくださああああああい!!!」
静まり返る教室。何が起きたのか全く理解できず、ただただ呆然としてしまう。声がした方を見ると、赤い髪が印象的な男の子。さっき自己紹介してた……。確か名前は……アレクサンダー・クラークさん。
「おーおーいいね、青春だねぇ。ちなみにお前ら、入学試験の成績トップの二人だから。A組のクラス長は任せた!ほんじゃよろしく~」
と、手をひらひらさせながら教室を出て行くバロリエ先生。
学園生活。初日から前途多難な予感です。