25.体育の授業 ( 2 )
クラーク君を見ていると、考え込んで動けずにいる自分が馬鹿らしくなってしまった。
試してみよう。
「我が力を捧げる。風よ、そなたの手で掬い上げ給まえ。《風の手》」
この魔法はあくまで風を操る魔法だ。風の力を利用し、空を飛ぶ魔法は別に存在する。しかし今の私には空を飛ぶ技術がまだない。だから今自分にできる魔法を応用できないか、と考えたのだ。
コントロールが上手くできず不安定な上にスピードも遅いが、着実に上には上がっている。物を浮かせるのは簡単なのに、どうして自分の身体を浮かせることはこんなにも難しいのだろう。この複雑さや奥深さが、魔法の魅力なのかもしれないが。
「うわっ」
少し違うことを考えたせいで、魔法への集中が乱れてしまった。ふらふらしていた揺れが、より大きく不安定になる。
今は魔法だけに集中しないと。
「オーホホホホホ!!お先ですわ!!!」
聞き覚えのあるこの高らかな笑い声は……。声の主を見ると、植物の蔦をものすごいスピードで伸ばし、颯爽と上に登っていくレスタンクールさんだった。
「す、すごい。わっ、いけない。集中力を切らさないようにしないと……!」
そう思ったものの、時すでに遅し。もう一度風の操作に集中しようとするも、魔法が切れてしまった。このまま最初のところまで落ちていき、またあの縄がお腹に食い込むところからやり直しだ。そう諦めて目を閉じた時だった。
誰かが私の手首を握る。
焦って目を開くと、そこには綺麗な女性のような精霊が。誰かが助けてくれたようだ。
「セレーネちゃん大丈夫?」
標準語と方言が混ざったような話し方。こんな話し方をするのは人はクラスに一人しかいない。ダミアン・アルヴィエ君。結いた青髪を肩からサラリと垂らし、目を細め、笑いながらこちらを見ている。彼は精霊魔法が得意で、落ちていく私を召喚した精霊で受け止めてくれたようだ。
「アルヴィエ君」
「つれへんな~。ダミアンって呼んでもかまへんで。あ、でもアレクサンダーのこともまだやもんな。面倒なことなるわ」
何故私が彼を認識しているのかと言うと、接点はクラーク君だ。二人は仲が良いようで、一緒にいるところをよく見かける。頻りに私に話かけるクラーク君の横にいる彼と、徐々に会話するようになったのは自然なことだったように思う。
「このまま上まで引っ張ろうか?」
「いえ、それは大丈夫です」
「ほうか?ほんなら、離すからちゃんと縄に捕まりいや」
支えてくれていた精霊が丁寧に下ろしてくれる。
「先行ってるで~~」
私がしっかりと縄を握り、落ちないところを見届けると、アルヴィエ君は上へと登っていってしまった。その姿を目で追うと、先ほどまで一切終わりの見えなかった崖に、うっすらと頂上が見える。いつの間にか、けっこう上の方まで来ていたようだ。
残るこのラストスパート、どうするか。
ここに来るまでに魔力をだいぶ消費してしまったので、先ほどの魔法で自分を浮かすのは難しい。あとできることは……。
最後の賭けのようなものだけど……これなら……!
「我が力を捧げる。風よ、集まれ。《風の玉》」
まずは風を足元に集め、手のひらくらいの大きさの風の玉を作る。ここからイメージをしっかり持ちつつ、残った魔力を全て注ぎ込む。小さい玉は崩さない。そこにありったけの魔力を込める。
まだ……もうちょっと……。
小さい玉の中に極限まで入った魔力が、溢れ出そうと暴れ出す。まだダメ。イメージを強く持って、暴れる玉を抑え込む。
あともう少し……!
バアアアン!!
大きな破裂音とともに、風船が弾けるかのように割れた風の玉。その風圧を利用して、上へ上へと登っていく。
うん、思った通りうまくいった!いったんだけど……。
崖と崖の隙間に生じた爆風は、思ったよりも地形の影響を受けて威力が増してしまった。想像以上のスピードで上へと押し上げられていく。先ほどすれ違った、アルヴィエ君もレスタンクールさんも追い抜き、空へ向かって一直線。
崖の頂上が見え、喜んだのもつかの間。勢いが止まらずこのままでは宙に放り出されてしまう。しかも、もう完全に魔力切れで、魔法で何とかすることもできない。
遂に頂上を突破し、なおも上へと登っていく私。既に登りきっていたクラーク君と目が合ったが、とても驚いた表情でこちらを見ている。
「大丈夫か!!」
何が起きたのだろうか。目はしっかり開いていたし、今起きたことは全て見ていたのだが、頭だけが追いつかない。勢いの衰えない爆風に押し上げられる私を、頂上からジャンプしたクラーク君が抱きとめてくれた。あのスピードに追いつく速さ、そしてあの高さまで届く跳躍力……。いったい彼の身体はどうなっているというのだ。
かなりの高さから下りてきたはずなのに、スタッと地面に着地する彼。
「あ、ありがとう」
「にししし!お嫁さん守るのは夫の役目ってもんよ!」
「今すぐ降ろして」
「ちぇー」
不服そうな顔をしながらも、私を頂上に下ろしてくれる。何とか課題をクリアすることができた……といえるかな。
それから次々とクラスメイトたちも崖を登りきり、頂上にいる人数も増えてきた。
「セレ~~ネ~~」
「ダリア!大丈夫?」
「づかれたよおおおおおおおお」
上がってきたダリアを見ると、身体のところどころに切り傷が。
「お前らお疲れさん~~!よく頑張ったな!」
バロリエ先生が現れ、今日の授業の終わりが告げられた。
「今日もお疲れさん。体力ついたんじゃねえのか?来月には学期末テストも迫ってる!実技もあるし、この調子で体力つけてけよ。ちなみに、筆記・実技いずれかで赤点取ったやつは長期休暇の半分は追試だ!!頑張れ若者!!」
学期末試験のことは聞いていたが、まさか追試があるとは……。
ガシ!!
急に肩を力強く掴まれる。
「ダリア?」
「勉強教えて!!!!!」
両肩を手で掴み、こちらを真剣な眼差しで見つめるダリア。
「そ、それはもちろん良いよ」
「ほんと!ありがとう!!!」
「俺も参加する!!」
「なんや面白そうやないか、俺も参加するわあ」
ちょうど近くでこの話を聞いていたのか、勝手に参加表明をするクラーク君とアルヴィエ君。
「勉強会だな!!」
勉強会開催が決まった。