20.女子の恋バナ
今日もまたいつも通り授業を終え、寮へと戻る。そして、今日の疲れを癒やすバスタイムへと向うのだ。
温かい湯船に浸かると、身体の芯まで温まるようでほっとする。少しづつ学園生活には慣れてきたが、一日授業を集中して受ければ疲労も溜まる。その疲れを癒やすこの時間が、実は密かな楽しみだ。
「ねー!あのバングルの話聞いた??」
「バングルの?何なに!」
少し離れたところでお湯に浸かっている女の子たちの話し声が耳に入る。
「あのバングルね、恋人と交換したら、ずーーーーーーっとその人と一緒にいられるんだって!」
「何それ!ロマンチック〜」
バングル……この前の魔道具作りの実習で作ったものよね。
興味のない話題だったが、静かな浴場で話す二人の会話が聞こえてきてしまう。
「先輩から聞いたの!告白する時は、好きな相手に自分で作ったバングルを渡すんだって。相手が作ったバングルを交換してくれたらカップル成立、もし受け取ってもらえなかったら脈なし」
「そんなの渡す時、心臓もたないよ〜!もしさ、その場で決められなかったらどうなるの?」
「その場合は、一応受け取りはするけど自分のは渡さないの。で、その間に相手はアタックして、付き合う気になったらバングルを着ける!」
色々細かいルールがあるのねぇ。
「マグノリア学園では、この告白が多いんだって!しかも、バングルを着けてるカップルのほとんどが卒業後に結婚してるらしいの!」
「やば!私バングルどこにやったっけ……見つけてちゃんと取っておかなきゃ」
女の子たちは興奮しているのか、どんどん声が大きくなり、余計に内容が耳に入ってきてしまう。
「学園が実習の魔道具をバングルから変えた時があったらしいんだけど、学生からクレームの嵐だったんだって。それで、学園側も最初の実習はバングルに決めちゃったらしい!」
バングルって、学生の間では一大イベントなのねぇ。
チャポン
近くで誰かが湯船に入った音がする。
「あなたはアレクサンダー様にバングルを渡されたらどうしますの?」
振り返ると、そこに居たのはレスタンクールさんだった。
「ど、どうといわれても……」
「返しますの?」
真っ直ぐな瞳でこちらを見つめている。
「おそらく……?」
初日の情熱的なプロポーズ以来、折々でクラーク君からは結婚の話が出ているが、正直なところ現実味の無い話だ。しかし、バングルを渡されたら、という本当に起こり得る話をされると……私はどうするのかしら。
「……てっきり、返すと即答されるのかと思ってましたわ」
少し間を置いて、俯き気味に言うレスタンクールさんは、いつもとどこか様子が違う。普段は真正面から強い口調で私に話す彼女が、今日は何だか静かだ。
「私は本当にアレクサンダー様が好きですわ」
「……え、えぇ」
口調は静かだが、今度は視線を上げ、私をしっかりと見据えていた。
「恋愛も勉学も絶対にあなたには負けませんわ!」
今度は浸かったばかりのお湯から勢いよく立ち上がり、ビシッと指を刺すレスタンクールさん。レスタンクールさん……お体が……全面的に……見えているわ……。目のやり場に困り、視線を横に逸らす。レスタンクールさんは、満足気にそのままお風呂を出ていってしまった。
取り残された私は、先ほどの二人組からの視線に耐えかね、そそくさとお風呂からあがった。
髪を乾かし、歯も磨き、寝る準備は万端だ。ぽかぽかと温まった体で、部屋への道を軽やかな足取りで戻る。
実は最近、お風呂上がりの楽しみができたのだ。それは……。
ガチャ
「おかえりなさい」
「ただいまです」
ギヴァルシュさんと挨拶をするようになったこと。彼女は朝が弱いようで、授業の日は起こしてあげるのが日課となった。それをきっかけに自然と『おはよう』を言い合えるようになり、今では『おかえり』と『ただいま』まで昇格したのだ。
ギヴァルシュさんも、私のように人と話すのが苦手な節がある。お互いそんな感じなので、なかなか他の会話は無いのが現状だが、今のように些細なやり取りができるだけでも私にとっては大きな一歩だ。
口下手で人見知りな私だって、友達が欲しくない訳ではない。こんな風に挨拶をしてくれるのが、とても嬉しいのだ。
少しずつ少しずつ、話せる相手が増えると良いな。そんなことを願いながら、布団に包まったのであった。