1.いざ入学
一歩踏み出し、扉の中へと進んでいく。
足に伝わる感触が、おもちゃ屋さんの木の床から、硬いコンクリートへと変わった。光の先に、見えたのはそれはそれは長い巨大な階段。そして、その上にそびえ立つお城。これがマグノリア学園……!
「はーい!ゲート前に立たずに進んで下さーい!!」
声のする方を見ると、腕に腕章を付けた人たちが新入生を誘導していた。制服を着ているので、おそらく学園の先輩たちだろう。言われた通り立ち止まらず、少しずつ前へと進む。
辺りを見回してみると、私たちが今居る場所は高い塀のようなものに囲まれていた。塀の下には光るアーチが点在し、その上に番号が書かれている。私が通ってきた謎のおもちゃ屋さんの扉も、こちらから見ると光るアーチになっていた。アーチからは、私と同じ新入生と思われる子たちが、ぽつぽつと出てきている。
なるほど、これが誘導していた人の言っていたゲートというものね。
視線を上へと向けてみると、そこには見たこともないガラスのドームのようなものが天を覆っていた。キラキラと光るそれは、今日の晴天と相まって、神秘的な光景を作り出していた。
「後ろがつっかえちゃうので、階段上がって下さいねー!!」
見とれてつい足を止めてしまっていたが、誘導の声で我に返る。今日は入学式だ。気を引き締め直し、階段を登り始めた。
「はぁはぁはぁ……」
下から見上げた長い長い階段は、容易に私の呼吸を乱し、足を棒にさせた。段数が多すぎるのよ……。周りには、私と同じようにとぼとぼ歩いている子がちらほら。皆、疲労困憊の表情だ。
「よ!よ!頂上だー!!」
元気な声と一緒に、風のように横を通りすぎ、目の前の階段をぴょんぴょん登っていく男の子。私より先に階段を登りきった彼は、両手を天高く突き上げ『頂上だー!』と叫んでいる。
「すげー!!待ってろマグノリア学園!!」
と、もう一声雄叫びを上げると、お城の中へと元気に走っていった。
あ、あつい……。
急に横を駆け上がっていったせいで顔は見えなかったが、彼自身を表すような真っ赤な髪の色がとても印象的だった。私も中に入ろう。
建物の中へ入ると、今度は長い廊下が私たちを出迎えてくれた。建物の外観もそうだったが、建物内の造りも豪華絢爛で、一定間隔に並んだ蝋燭とシャンデリアが、壁にかけられた歴代校長たちの肖像画を照らしている。廊下の装飾を眺めながら、人の流れに沿って奥へと進んでいった。
「この部屋で待機してねー!」
腕章を付けた先輩が、部屋の中へと案内してくれる。大きな扉の先には、これまた豪華なホールが広がっていた。奥には赤い絨毯の敷かれた大階段があり、左右の壁には二階席のようなテラスまである。
「ジュースをどうぞ」
スーツをぴしっと着こなした女性にウェルカムドリンクを渡され、そのまま中へと促される。ホールのところどころに背丈の高いテーブルが置かれ、立食形式の軽食が準備されていた。
わぁ、みんなもう打ち解けているわ。
テーブルを囲むように、何人かが集まり、仲良さそうに談笑している。人と話すのが苦手な私にとって、あの輪の中に入るのは困難の極み。
とりあえず端っこの方に居よう……。
ホールの端に向かって直進し、壁にもたれかかる。どうしてか隅っこって落ち着くのよね。
パタン
入口の扉が閉じた音だった。ざわざわとしていたホールが静まり、皆の緊張感が高まるのを感じる。
「皆の者、楽しんでいるかね」
声とともに姿を現したのは、あの大賢者、テオドール・ハートランドだった。奥の階段上に立ち、右から左へゆっくりとホール全体を見まわす。
わぁ……!本物だわ!
この国で魔法師というのは、一種の職業のようなものだ。魔法組合に加入し、組合を通じて護衛や治療、騎士のサポートなど仕事の依頼を受ける仕組み。魔法師はそのレベルに応じて三つに分類され、一番下が魔法師。真ん中が賢者。そして一番上が大賢者である。割合で言えば、大多数が魔法師で、そのうちの一握りが賢者というくらいだろうか。大賢者に至っては、現在この国にたったの五人しかいない。
その内の一人にお目にかかれて、その上その人の学び舎に通えるなんて……!いつの間にか不安はどこかへ消し飛び、期待と興奮で胸がいっぱいになっていた。
「これからのことは、それぞれクラスの先生が詳しく説明してくれるだろう。儂からは一つだけ」
そう言って、持っていた背丈ほどある大きい杖をゆっくりと持ち上げる。この場に居る全ての者の視線が、その杖に注がれていた。
いつの間にかホールの明かりが消え暗闇に包まれる中、視線の先の杖だけが光を放っている。白にも、黄色にも、緑にも、赤にも見える光。杖がドンという音とともに地面に打ち付けられ、光が空へと舞い上がる。
「「「わあ!!」」」
放られた光は、私たちの頭上まで広がり、まるで流れ星のようにキラキラと天井を躍るように流れていった。
「存分に楽しみたまえ!」