15.癒しのルームメイト
寮に着く頃には、もう辺りは暗くなっていた。
「お!遅かったねー!もうすぐ食堂閉める時間だから。早く食べちゃいな!」
笑顔で迎えてくれる寮母さんを見ると、憂鬱な気分が少し晴れる。
言われた通り、そのまま食堂へと向かった。普通の夕食の時間はとっくのとうに過ぎており、もうほとんど学生はいない。おかげで、ひとりで落ち着いてでご飯を食べられた。
演習が始まって以来、色々なことが立て続けに起こったせいで気がそれていたが、私の身体はもう限界が近いようだ。疲労感が全身にじわじわと広がってくる。
まだ学園に来て二日目。なのにもうこんなに疲れが……。明日からは本格的な授業は始まるのよね……。
教室を出る際に、鞄に押し込んだ時間割表のことを思い出した。まだしっかり確認できていないが、今から見る気力も無い。食器を片付け、部屋へと戻る。
部屋に戻ると、ギヴァルシュさんが昨日と同じようにテーブルで紅茶を飲んでいた。
「……ただいま戻りました」
無言で部屋に入るのも何だか憚られ、この場に即した言葉を何とか絞り出した。が、やはり返事はない。私はお辞儀をしたのかしていないのか、分からない程度に曖昧に頭を下げ、部屋へと入った。
確か共有の浴室も使用時間に制限があったはず。急いで行かないと。
着替えやら、洗面用具やらを準備し、浴室へと向かった。
部屋を出て数歩進んだ辺りで違和感を覚え、後ろを振り向く。すると、そこにはいつの間にか、ギヴァルシュさんが立っていた。
どうしたのかしら……。
もうあまり時間もない。とりあえず、私は浴室へ行かなければ。浴室へと向かう私の後ろを、なぜか着いてくるギヴァルシュさん。
うーんと……ずっと後ろにいるわね……。
浴室へ着き、時計を見るともう本当に時間が迫っていた。
急がないと……!
今日の汚れを全て落とし、身体を綺麗にする。さっぱりとした気持ちで、新しい寝間着に腕を通し、最後に歯磨きまで終えれば、後は戻って寝るだけだ。
無事に閉室時間前に全てを終えた私は、浴室を出る。ぽかぽかと身体は温まり、今日の疲れまで流れていったようだった。
部屋へ向かう道で、再び感じる違和感。後ろにはまたもやギヴァルシュさんが着いてきていたのだ。
浴室で着替えを済ませた彼女は、もこもこの寝間着に包まれ、小動物のようで可愛い。部屋に向かいつつ、ちらっと後ろを確認すると、トテトテと歩いている姿が見え、これまた可愛い。
結局、一緒にお風呂に行ってきたような状態なのだが、ギヴァルシュさんは声をかけるでもなく、ただただ後ろを着いてきていた。
部屋に戻り、私は自分のベッドへと向かう。先ほどまで後ろにいたギヴァルシュさんは、扉のところで立ち止まっていた。
どうしたのかと様子を伺うも、動く気配は無い。さすがに何かおかしいので、声をかけないといけない気がしてきた。
「ギヴァルシュさん……?」
やはり、これにも反応は無い。でも放おっておくと、このままずっと扉の前で立っていそうな勢いだ。どうしたら良いのかしら……。
困った私も、ベッドの前に立ち尽くし、ギヴァルシュさんを見つめる。
「……あり……が……」
「すみません、聞こえなくて……何て……?」
せっかく何か言ってくれたのだが、声が小さすぎて聞き取れなかった。申し訳ないのだが、聞き返してしまう。ギヴァルシュさんは、ハッとした表情を見せると、今度はちょっと俯き、落ち着かない様子でまた口を開いた。
「だから……その……」
今度は聞き取れる。
「……あの……ありがとう」
「は、はい」
聞き取れたは良いが、何のことだろうか……?
「明日は……ちゃんと起きるわ……」
そう言うと、パタパタと自分のベッドの方へ行き、仕切りになっているカーテンを閉めたギヴァルシュさん。
やっと彼女が何の話をしていたのかを理解した。今朝起こしてあげたことへのお礼だったのだ。
もしかして、ずっとそのことを言いたくて後をつけてきていたのかしら。もじもじしながら、小動物のように後ろをトテトテ歩く姿を思い出す。何て可愛いのだろう。
今まで何度声をかけてもずっと反応が無かったので、てっきり嫌われているのかと思ったが、そうでもないのかもしれない。せっかく同じ部屋になれたのだから、やっぱり仲良くなりたいもの……。
浴室で温められた身体に加え、心もぽかぽかしている気がする。それが冷めないうちに、ベッドに潜り込み、じんわりとした温もりの中、目を閉じた。
そして翌朝、また彼女を揺り起こすことを、この時の私はまだ知らなかった。