13.初めての授業 ( 8 )
「オルセンさん?」
次に目を覚ますと、コラン先生の姿はそこに無く、代わりに白衣の女性が立っていた。
「起こしちゃって、ごめんなさいね。体調はどうかしら?」
「特に問題ないです」
「ちょっと失礼するわね」
そう言って、私の身体をあちらこちら検査する。
「うん、問題無し!行ってよし!授業が終わる前に起きたら、東の庭園に行くようにって。コラン先生からの伝言」
「分かりました。ありがとうございます」
「体調が悪いときは、いつでもこの医務室においでね。先生が治してあげる!」
ちょっと冗談めいた雰囲気で言って、くすくす笑う先生。体調を崩したくはないが、何かあったらここに来てみようと思えた。
お礼を伝え、医務室を出る。教えてもらった通りに廊下を進むと、演習前に行った転移魔法陣のある東の庭園が見えてきた。
魔法陣の前に立っているバロリエ先生の姿が目に入る。
「バロリエ先生」
「お!戻ったか!体調は?」
「もう大丈夫です」
「そっか、なら良かった。あ、もう時間だな」
『卵探し終了!!脱出用の転移札破って帰ってこい〜〜』
先生の合図を機に、一人二人とクラスメイトが転移魔法陣に姿を現す。
「あぁーー!疲れた!!」
「死ぬかと思ったぜ」
泥だらけの者もいれば、立っていられないほど疲れてたとでもいうように、帰ってきて早々座り込んでいる者もいる。
「おーーー!!セレーネ~!」
そして、あの熱い男の子も帰ってくる。
「あの後どうだった!無事だったか?卵は何個になった!?」
矢継ぎ早に投げかけられる質問。
「うるせーうるせー。もう揃っただろ。教室戻んぞ~」
ありがたいことに、息つく間もない質問の波を、バロリエ先生が遮ってくれた。
「ちょうどいい」
そう言って、くるりと私たちを振り返った先生。
「クラス委員長、お前は後ろからちゃんと人数揃っているか確かめてから来い」
指をさされたクラス委員長、もといクラーク君。
「ちぇー。また後でね、セレーネ!」
クラーク君はちょっと残念そうにしながらも、元気に駆け出し、列の最後尾の方へと向かっていった。皆あれだけ疲れていたのに、まだ元気に走っていく姿はもはや恐ろしい。
側に誰も居なくなった隙に、そっと近くに寄ってきて小声で話すバロリエ先生。
「とりあえず、お前は最後まで参加したことになっている。嘘をつかせてごめんな」
「いいえ、大丈夫です」
先生は、何とも言えない表情でこちらを見ていた。
「セレーネ!!」
「ダリア」
駆け寄ってきたのは、ダリアだった。
「森の中暗いし、霧出てるしで、怖くてほとんど隠れてたよ。セレーネは大丈夫だった?」
「えぇ。何か色々なものに遭遇したわ」
「何それ!詳しく聞きたいー!」
私たちはあれやこれやと雑談をしながら、教室へと向かう。こうしてダリアと話していると、急に日常に戻ってきたような感覚になった。
教室に着き、学生たちが各々着席すると、先生が教壇に立つ。
「よし、お前ら皆揃ったな。では結果発表をしていく」
下位から順に、名前と卵の数が黒板に記されていく。私の集めた卵は四個で、下から数えた方が早い順位だった。
「ここからが、上位三名だ」
第三位 ダミアン・アルヴィエ 十個
第二位 アナベル・レスタンクール 十二個
第一位 アレクサンダー・クラーク 十九個
「いやあ、素晴らしい。お前らお昼前までは散々な結果だったから心配してたんだけどな。昼過ぎからは、対策を考えて大量に卵を獲得したやつが多かった」
先生は満足げな表情で、教室を見回す。
「で、一位はクラークだ!おめでとう。よく頑張ったな!」
自然とクラスから拍手が起こる。全員が挑戦した卵探し。時間内に十九個もの卵を獲得することがいかに難しいかは、私たちが身を持って分かっていた。
「予告していたご褒美だが……また考える!!」
「ええええええええっ!!」
クラーク君の大声につられて、今度はクラスが笑い声に包まれた。
先生にご褒美を要求しているクラーク君から、もう一度黒板に目を移す。お昼の後もたくさん卵集めたんだ。レスタンクールさんも。二人とも本当にすごいな。
「こうやって並べられると個人差があるように見えるだろう。けど、他人と比べる必要は全くない。まだ授業も受けていないんだから当たり前のことだ。自分に合った魔法が見つかっていないやつだっている。これからお前らはこの国最高峰の学園で三年間学ぶんだ。強くなるよ」
私たちを真っ直ぐに見るバロリエ先生。今までずっとくだけた雰囲気だった先生の真剣な眼差しに、自然と背筋が伸びたのは私だけではないだろう。
「さて!お前ら疲れただろ。今日の授業は終わりだ。時間割表を教卓に置いておくから各自取ってから帰れ~」
すぐにいつもの雰囲気に戻った先生は、手をひらひらさせながら教室を出ていった。
クラスにはまた喧騒が戻って来る。席を立ち早々に帰っていく者もいれば、何人かで集まって演習の話で盛り上がっているグループもいる。
今日は色々あって疲れたし、私も帰ろう。立ち上がり荷物をまとめていると、勢いのある足音が近づいてきた。
「ちょっと!オルセンさん!!!」
顔を上げると、昼間に浴びたあの刺々しい視線がこちらを見ていた。
「あなた!あの後、三個しか捕まえられなかったの!?成績トップであれば、対策だって立てられたでしょうに!」
レスタンクールさんたちと別れた後、私が捕まえられた卵は三個。それが事実だ。何も言えない……。
「あなた舐めてますの!何のためにこの学園に……!」
「はーい、ストップ」
またも、仲裁に入ってくれたのはクラーク君だった。
「先生がさっき言ってただろ?俺らはこれから学んで、強くなる!今はこれでいいっしょ!」
太陽のような笑顔で、この場の雰囲気を一瞬で変えてくれる。レスタンクールさんはまだ言い足りないという表情だったが、何も言わずそのまま教室を出ていってしまった。
「私たちも帰ろうか?」
気を遣うように、ダリアが声をかけてくれる。
「ごめんなさい。私一人で帰るわ」
クラーク君も何か言いたげにこちらを見ていた。
「……ごめんなさい」
今の私に言えるのはこれだけだった。
二人を残し、教室を後にした。