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12.初めての授業 ( 7 )

 目を開くと、真っ白な天井が視界に入る。身体を包み込む、ふかふかな感触。どうやら私はベッドにいるようだ。


 身体を横にしたまま、辺りを見回すが、全く見覚えのないだだっ広い部屋が広がっていた。天井と同様に壁も白が基調となっており、いくつかベッドが並んでいる。そして鼻をかすめる薬品の香り。


「起きたかい?」


 いつの間にか知らない男性がベッドの脇に立っている。端正な顔立ちに加え、三つ編みにした紫色の髪を前に垂らしている姿は中性的な印象を与えた。


「僕は歴史の授業を担当しているマルク・コランだよ」


 どこかぼんやりとしていた頭が、この一言で一気に覚醒した。


「せ、先生!?あ、あれ。ここはっ」


 勢いよく身体を起こしたせいで、強い目眩に襲われる。


「大丈夫かい?ちゃんと寝ていなさい」

「すみません……」


 先生に支えられながら、もう一度ベッドに身体を預けた。


「先生、どうして私はここに?」

「オオカミに襲われたことは覚えているかい?」

「はい……」


 先生は私のためを思ってか、それとも慎重に言葉を選んでいるのか、ゆっくりと事のあらましを話してくれた。


 まず、今回の演習中、緊急時に備え、教師陣が魔道具越しに私たちを監視していたこと。そして私がオオカミに遭遇し、一人で対処できるか様子を見ていたが、脱出用の札を使う気配もないほどパニックを起こしていたため、救助に向かおうとしたこと。


 しかしその瞬間、不測の事態が起きた。


 監視用の魔道具からの映像が急に乱れ、映し出さなくなってしまったのだ。映像が見られないだけならまだしも、通信まで完全に途切れ、場所の特定もできなくなったという。そこから急いで通信が途切れた場所まで向かい、私を探したことで、到着が遅れてしまったとのこと。


「意識を失っている君を見て肝を冷やしたが、大きな怪我も無くて良かった。意識を失うまで何があったか教えてくれないかい?」


 まだ若干の目眩が続く頭を必死に使い、霧の森での出来事を思い出してみる。先生のおっしゃった通り、私はオオカミに襲われた。そこは鮮明に覚えている。避難用の札の存在なんて、今の今まですっかり忘れていた。それほど必死に走っていたのだ。


 そして走っている最中に、石か何かに躓いて……もうだめだって思った。


『《消えろ》』


 脳内で再生されるあの声。


「声……声が聞こえました」

「声?」

「はい。ノイズがかかったような。少し聞きづらい低い声が聞こえたんです」

「姿は見たかい?」


 姿はどうだっただろう。記憶を何とか手繰り寄せる。


「声が後ろからしたんです。なので私振り返って……黒いローブを見た気がします。でも顔までは……」

「なるほど……ありがとう。起きたばかりなのに、すまなかったね」

「いえ……」


 ガラガラガラ


 先生と話していると、部屋の扉が開かれた音が聞こえた。


「セレーネ・オルセンくん。大丈夫かね?」

「テオドール・ハートランド……学園長!!」


 声のした方を見ると、何度も本や絵で見た、あのテオドール・ハートランドが立っていた。焦って呼び捨てになりかけたのを、何とか『学園長』と後ろに付け足す。


「起きずとも、そのままで良い」


 驚いてベッドから立ち上がった私の身体がふわっと浮き上がり、ベッドに寝かしつけられる。飛び起きた際に、ふっ飛ばしてしまった布団も、綺麗に私の上に戻ってきた。


 いつ魔法を使ったの!詠唱も何もなかった……。さすが大賢者だわ。


「先ほどの話、聞かせてもらったよ。盗み聞きしてしまい、すまなかったのう」

「い、いえ」


 遠くからしか見たことのなかった学園長。その肩書や、今までの功績から勝手に威厳のある厳しい方を想像していたが、目の前で話している学園長は、どこかほんわりとした空気をまとっている。


「オルセン君が遭遇したと思われる人物は、今教師陣で捜索しておる。すまないが、このことは他言無用にしてもらえるかのう」

「はい、もちろんです!」


 学園長は優しく微笑み、頭をぽんぽんと撫でてくれる。


「すぐに助けに行けず、すまなかった。他の学生たちはまだ演習中だ。授業が終わるまでもう少し休んでいなさい」


 そう言われるも、もう目は完全に覚めて、全く眠気などなかった。しかし、学園長の手の触れているところからぽかぽかと温まり、それが全身に広がる頃には私は眠りに落ちていた。


―――――

―――


「コラン先生。先生はこの件、どう思うかね?」

「侵入者……でしょうか」


 二人の間には重い沈黙が流れる。


「身内を疑いたくはないんだがね。調査を頼まれてくれるかい?」

「もちろんです」


 少し悲しそうな笑顔を残し、その場を後にするテオドール・ハートランド。


 部屋を出て、数歩進んだ先で一度足を止める。授業中の廊下に学生の姿はない。


「聞いていたかね」


 目には見えないが、そこに潜んでいる者に問いかける。


「あの方へ、報告を頼む」


 応えはない。気配が消えたことが了解を意味していた。


「幕が開くのかのう……」

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