11.初めての授業 ( 6 )
再び、霧の森でひとりになる。太陽が真上にあるおかげで、先ほどより少しばかり周りが明るくなったように感じる。
ぐぅ〜
こんなときでも身体は正直だ。誰も居なくなり気が抜けたのか、お腹が空腹を訴えている……。お腹が空いては何とやら。午後の卵探しは、お昼を食べてからにしよう。
適当に座れそうな太い木の根を探す。少し歩くと、太くて表面がやや平らになっている木を見つけたので、そこに腰を下ろした。リュックに入っていた昼食と水を取り出し、食べ始める。その間も頭の中に広がるのは、先ほどの光景だった。
レスタンクールさんの刺々しい視線。クラーク君の言っていた『自信』という言葉。この演習は卵を捕まえることが目的で、それが私たちに課された課題だ。もちろん課題を与えられたからには、全力で取り組むつもりでいる。しかし、レスタンクールさんと……誰かと競い合うというのが、どうもピンとこない。卵の数を見れば、実技の実力差は明らかだというのに、これ以上何を求められているのだろうか……。
学園の入学試験に向けて、もちろん勉強はした。まだ魔力が未成熟な私たちにできることといえば、座学だけだからだ。ひたすらに勉強だけをした私は、筆記試験で良い点数が取れた。そしてクラス長に任命された。しかし、学園に入ってからは魔法の実力も必要になる。当たり前のことを今一度思い知らされた気分だった。
ぐるぐると色々なことが頭の中で渦巻き、気づくと昼ご飯をいつの間にか食べ終えていた。水を一口ふくみ、残りをリュックに戻す。
そして立ち上がり、空を見上げ大きく伸びをする。木々の合間に見えた太陽が眩しい。
「よし。とりあえず私ができることをやりましょう」
午後の卵探しの始まりだ。
「キャーー」
「ワーーー」
森の中を散策していると、聞こえてきた卵の声。声をたよりに、卵の元へと向かっていく。
すると、数ある木の中で、一本だけ異様に揺れている木を見つけた。激しく揺れているせいで、枝から葉っぱがひらひらと舞い落ちている。
根本まで行き上を見上げると、そこには三個の卵が集まり、楽しそうに戯れ、飛び跳ねていた。
「何だか小さな子どもみたいよね」
ん……?小さな子ども?
本に書かれていた捕まえ方のうち、今の私にできるのは温めることくらいだ。だから、先ほどと同じように焚き火をするつもりだった。しかしあれは時間もかかるし、卵が興味を示してくれるかも運任せ。
卵を小さい子どもだと考えれば……。子どもをあやすように、卵も良い気分にしてあげれば良いのではないか。
楽しそうに遊んでいる卵たちに視線を移す。乗っている枝は細く、私の魔法でも何とかなりそうだ。
「我が力を捧げる。風よ、我が刃となれ。《風の太刀》」
枝の根本に狙いを定め、風の魔法を放つ。先ほど使った防御系の魔法とは異なり、今度は攻撃のための魔法。鋭く尖った風を放ち、刃のようにして枝を切り落とした。
「うわ~~」
見事折れた枝とともに、驚いた卵たちが声上げながら落ちていく。
「我が力を捧げる。風よ、我が想いに応えよ。《風の呼応》」
連続してもう一つ魔法を使う。今度の魔法は攻撃でも防御でもない、風を自由自在に操る魔法だ。卵たちの落下地点に風を集める。地面に落ちて割れてしまう前に卵たちをキャッチし、そのまま風のコントロールに全神経を注ぐ。
ゆっくり……ゆっくり……ゆりかごをイメージし、卵たちをゆらゆらと揺らす。
急な出来事に驚き、騒いでいた卵たちだったが、心地よい揺れにだんだんと落ち着いてきたようだ。数分間揺らし続けると、遂に卵たちは寝息をたて始めた。
そっと地面におろし、風の魔法を解除する。そして起こさないように、卵たちを慎重に袋の中へと移した。
「良かったぁ……」
そのまま地面に座り込み、ほっと息を吐く。『小さな子ども』という単語から、卵を寝かしつけられるのではないかと思い試してみたが、うまくいって良かった。
これで卵は全部で四個。残り時間を確認すると、先生のアナウンスから一時間程度しか経過しておらず、まだまだ午後の時間は残っていた。
本に書いてあることはもちろん正しいが、それ以外にもやりようはある。正解はひとつではないのだ。この調子で次の卵に向かおうと、そう思った時だった。耳に入る不審な鳴き声。
近くの草むらからだった。
ガルルルルル
こちらを威嚇するような唸り声。先刻のイノシシと違い、明らかに敵意を感じる。草むらを凝視するも、木の陰となり暗くなっているせいで、相手の姿が見えない。座り込んだまま、足が震えた。
草をかき分け、足音が近づいてくる。少しでも距離を取ろうと、私も後ろに後退った。
カサッカサッ
遂に草むらから姿を現した獣。
オオカミだわ!!
何と、迫ってきていたのはオオカミだった。こちらを睨みつけ、低い唸り声をあげながら少しずつ近づいてくる。ひやりと一筋の汗が背中を流れていくのを感じる。イノシシとは違う。身体中に感じる明確な殺意。逃げないと死ぬ、そう本能的に思った。
逃げないと……!逃げるのよセレーネ!!
自分を鼓舞して、半ば転げるように立ち上がり、その勢いのまま前のめりに走り出す。後ろを見ると、オオカミも追走の姿勢を取っていた。
必死に、必死に、全力で走る。ただひたすら前に走り続ける。
「はぁ!はぁ……!」
息ができない。苦しい。
でも走り続けないと……死ぬ。
嫌な思考が過った次の瞬間、私は何かに足を取られた。
大きくつんのめり、地面に倒れ込む。痛みで動かない身体。しかし恐怖がそれを無理に動かす。反射的に後ろを振り向くと、飛びかかってくるオオカミが視界に入った。
もうダメだ。
「《消えろ》」
飛びかかってきていたオオカミが、そのまま後方に吹き飛ばされる。
なに……!?
起き上がったオオカミは、こちらをチラチラと見ながら、走って逃げていった。
助かった……。
そう思ったのも束の間。背後に感じる人の気配。
誰。後ろにいるのは、一体誰なの。なぜか振り返るのが怖い。
詠唱ではなく、自分の言葉だけで魔法を使うなんて、私たち一年生には難しい。しかし、聞こえた声はバロリエ先生のものでもなかった。
もっと低くて、どこかノイズが入ったような。
ゆっくりと後ろを振り返る。
「《眠れ》」
再び聞こえるノイズがかった低い声。
あ、意識が……。