10.初めての授業 ( 5 )
「キャーーーー!!!誰か居ませんのーーー!!」
近づくにつれ、声がより鮮明に聞こえてくる。もうだいぶ近くまで来ているはずだ。
「居た!!」
クラーク君の指差す先に、木の上に立っている女子学生が見えた。何かに襲われているような様子はない。登ったは良いが、怖くて降りられなくなった、というところだろうか。
「誰か助けて下さいまし……!!」
女の子のいる木に近づいたところで、クラーク君に声をかける。
「クラーク君、一度止まりましょう!」
「そうだな!止まれーーーーーー!!」
しかし、爆走し続けるイノシシ。
あれ?止まらない……?
「おーい!止まれーーー!さっきまで言うこと聞いてくれてたじゃねーか!!おいって!」
やはり、止まるつもりは無いらしい。このままでは女の子を通り過ぎてしまう。風魔法で壁を出そうにも、今から詠唱したのでは間に合わない。
「セレーネ!ここから飛び降りれるか?」
「や、やってみます!」
こんなスピードのでているところから飛び降りるなんて、本音を言えばとても怖い。けれど、今はそんなことを言っている時ではない。
「よし!いち、にの、さんっ……!!」
クラーク君の合図に合わせ、イノシシの背から飛び降りる。運良く落ちた先は茂みになっており、地面との衝撃を吸収しつつ、何とか着地することができた。すぐに起き上がり、走り去っていくイノシシを見る。
そこには、まだクラーク君の姿があった。
てっきり彼も一緒に飛び降りるものかと思っていたが、なぜかイノシシに乗ったままだ。どうするつもりなのかしら。静かに彼の後ろ姿を見守る。
彼は座っていたところから、両足をイノシシの背中に乗せ、しゃがむような体勢に変わっていた。上を見上げ、何かのタイミングを待っているような。
突き進むイノシシが、遂に、女の子のいる木の根元を通過する。その瞬間、思い切りジャンプした彼は、なんと勢いそのままに女の子のいるところまで飛んでいった。
巨大なイノシシの上に居たとはいえ、そこからでも木の上までは相当距離があるはずなのに。
木の上で女の子を抱え上げた彼は、今度はそのまま地面まで降りてくる。その何でもないような仕草は、まるで階段を数段飛ばしで降りたくらいに見えるが、実際は相当な高さから降りてきていた。
魔法を使ったような仕草はなかったが、身体強化か何かかしら。そうでなく、元々の身体能力だったら恐ろしいわ……。
「おい、大丈夫か!?」
抱えたままの女の子に呼びかけるクラーク君。
「王子様」
そう言って、クラーク君に見とれいてる女の子。祈るように両手を握りしめ、目を潤ませている。綺麗な金色の巻き髪が特徴的な女の子。昨日の自己紹介を思い出す。えーっと……。
「私、アナベル・レスタンクールですわ!アレクサンダー・クラークさんですわよね!アレク様とお呼びしても!?」
「さすがに愛称はなあ」
「それではアレクサンダー様ですわね!」
強い。あの元気で猪突猛進なクラーク君が押されている。
「あ!セレーネ!」
レスタンクールさんを下ろして、私の方に駆け寄ってくるクラーク君。
「セレーネ!無事だったか?怪我は無いか?」
「えぇ、大丈夫です」
無事を伝えると安心した様子のクラーク君。
「アナベル・レスタンクールですわ。セレーネ・オルセンさんですわね。はじめまして」
と、私たちの間に入ってきたレスタンクールさん。
「はじめまして……」
突き刺さるような視線が痛い……。
「オルセンさんは、アレクサンダー様とクラス長をやっていらっしゃるのよね」
「あ、はい……」
「私、絶対に負けませんわ!!!!!あなたより多く卵を捕まえてみせます!!」
なぜか私への敵対心剥き出しのレスタンクールさん。今までこんなに私を敵視するような人はいなかった。そもそも私を見る人なんてほとんどいなかった。鋭い視線を向けられるも、どうしたら良いか分からず俯いてしまう。
「キャハハハハハ!!」
そんな時、また聞こえてくる卵の声。一番早く反応したのはレスタンクールさんだった。
「卵ですわ!!!私が絶対捕まえます!」
そう言うと、素早くポケットから何かを取り出し、卵の周りに振りまく。
「我が力を捧げる。命あるものよ、今その殻を破りたまえ。《生命の息吹き》」
地面に散らばった何かをよく見ると、小さな種のようだった。そこから、めきめきと植物が成長し伸びていく。育った枝は走っていた卵を絡めとり、そのまま卵は動けなくなった。優雅に植物の元まで歩いていくと、ひょいっと卵を袋に入れ、こちらを振り返るレスタンクールさん。
「私、これで三個目ですわ。オルセンさんはどうですの?」
「……一個です」
「それでもクラス長なんですの!?」
「……本当に…そ、そうですよね」
レスタンクールさんの言う通りだわ。先生は私とクラーク君が成績トップと言っていたけれど、蓋を開けてみれば私はまだ一個。それに比べて、クラーク君は五個、レスタンクールさんは三個……。こんなにも差がついてしまっている。きっと入学試験の成績は偶然で、私の実力なんてそんな……。
「少しは何か言ったらどうですの!成績トップでしたら、もっと自信を持ちなさいな!」
「はい!そこまでー!」
険悪な雰囲気になりかけたところを、クラーク君が間に入って止めてくれる。
「レスタンクールさんは言い過ぎ。まだ時間はあるんだし、結果は分からないよ」
彼女の方を向いていたクラーク君が、今度はこちらへ顔を向ける。
「セレーネ。俺はレスタンクールさんの言うことも一理あると思う。もっと自分に自信を持とう!君ならきっと大丈夫」
私を見るクラーク君の顔は、いつもの元気でひたすらに明るい感じとは違っていた。初めて見る彼の真剣な表情に、少しドキッとする。
『あ、あー?聞こえるか?』
突然、森に響くバロリエ先生の声。
『タイムリミットまで残り半分だぞ~。昼ご飯食べてないやつはちゃんと食べろよ~!残りの時間も頑張れ』
残り半分ということは、もう開始から三時間も経っているということか。腕時計を見ると、長い針も短い針もぴったり真上を指していた。
「あと三時間ありますわ。このまま、あなたより多くの卵を捕まえてみせますから!」
私への厳しい視線から一変、目からハートが飛んでいるのかと思うほど潤んだ瞳でクラーク君の方を見るレスタンクールさん。
「アレクサンダー様、また後ほどお会いしましょう!!」
そして、くるっと踵を返すと、彼女はそのまま行ってしまった。
「何かすげえやつだったな」
「えぇ」
「一緒に昼飯でも、と言いたいところだけど……多分そういう気分じゃないよな。俺も行くとするかな」
私の気持ちを察してか、昼ご飯を辞退してくれたクラーク君。卵を多く集めている彼からアドバイスを聞きたいところではあるが、正直今は一人になりたかったので、その気遣いがありがたい。
「またな!残り半分、頑張ろうな!!」
「はい」
大きく力の限りぶんぶんと手を振りながら、歩いていくクラーク君。慣れないながらも、小さく手をあげて振り返してみると、嬉しそうに笑い、そして木々の向こうへと走っていった。