9.初めての授業 ( 4 )
「あの、みっともない姿を見せてしまって……ごめんなさい」
「いや、俺が怖がらせちゃったんだ。ごめんな」
イノシシの背中から降りたクラーク君は、座り込んだ私に駆け寄り、隣に座ってくれていた。私を泣かせてしまったと、しょんぼりした顔でこちらを覗き込んでいる。落ち込んでいる姿を見ていると、何だか罪悪感が湧いてきてしまった。
「あ、あ、あの、卵は捕まえましたか?」
雰囲気を変えようと別の話題を振ってみたものの、慣れないことをしたせいで、どもってしまう。しかし、彼はそんなこと全然気にしていない様子で、自分のリュックに手をかけた。
「ああ!見てくれよ!!」
出てきた袋の中にはたくさんの卵が。先ほどまでとは打って変わってきらきら目を輝かせるクラーク君。褒められるのを期待する子どものように、こちらを見つめている。
「すごい!もう五個も捕まえたのね!」
数えると、五個の卵が袋の中に入っていた。二時間でこんなに多く集めるなんて、素直にすごいと感じ、思ったことをそのまま伝えた。
「そ、そうか~?」
今度は、照れているのか、頬が少し赤くなっていた。
「私なんてまだ一個目です……」
やっと一個目の私と、もう五個も捕まえているクラーク君。実力の差は歴然だった。突きつけられた現実が、私の心に何か重いものを落とし込む。
「落ち込むにはまだ早いって!まだ時間はある!」
「そうですよね」
同情とかそういうものは一切無く、心からそう思っているのが伝わる。ポジティブで笑顔な彼を見ていると、こちらまで元気付けられてしまうようだった。
「それはそうと、あの巨大なイノシシは……?」
実はずっと視界の端に映るイノシシが気になっていた。今はクラーク君の言いつけに従い、伏せて大人しく待機している。
「ああ、こいつか!」
そう言って、後ろを振り返るクラーク君。
「卵を追いかけていたら偶然会ったんだ。何か意気投合しちゃって、乗せてもらってる!」
嬉しそうに言う彼だが、言ってることがよく分からない。イノシシと意気投合とは……?
クラーク君の『猪突猛進』な感じが、イノシシと通じ合った……とか……?これはちょっと失礼かしら。本人には言わないでおこう。
「そうだ!良かったら一緒に卵捕まえようよ!」
「一緒に……ですか?」
「おう!一緒の方が楽しいだろ!!」
またも満面の笑みで、にかっと笑うクラーク君。
「あ、でも、その、個数とか。ややこしくなりそうですし」
「んー。競い合いじゃないって先生言ってたし。俺は楽しければ良いから、取った卵は全部セレーネのでいいよ!」
「でも、それでは私の実力ではなくなります……」
「そ、そうだよな……」
突然立ち上がったクラーク君は、私の方に思い切り頭を下げた。
「ごめん!馬鹿なこと言った!!」
焦って私も立ち上がる。
「そんな!頭を上げてください!!」
顔を上げた彼は、捨てられた子犬のような顔をしている。
「俺、一人で空回ってばっかりだよな……」
その表情を見ると、再び私の中には罪悪感が湧いてくる。そして焦って言葉を繋げるのだ。
「いや、でも、あの。その、クラーク君の明るさはとても良いところだと思います」
「本当か!!それじゃ、俺と結婚してくれるか!?」
「それとこれとは話が別です」
「ちぇー」
ちょっと口を突き出し、拗ねた表情をしたかと思うと、今度は楽しそうに笑うクラーク君。コロコロ表情を変える彼を前にしていると、私は完全に振り回されてしまう。やはり扱い方が分からない……。
「そしたら、一旦お別れかあ……」
「そうですね」
「寂しいけど、お互い頑張ろう!また後でな!」
そう言い、イノシシのところへと歩いていく。彼が来たのを見ると、のそっと立ち上がるイノシシ。本当に通じ合っているようだ。
これで一回お別れ、そう思った時だった。
「キャーーーーーーーーーーーー!!」
悲鳴が森の中に木霊する。明らかに女の子の声だ。クラーク君を見ると、彼もこちらを見ていた。
助けに行かないと!お互いの目がそう言っていた。
「ごめん、セレーネ!一人にすると心配だから連れて行く!」
「ええ。私も心配だから一緒にい…っ!?」
返事を聞く前に、私の手を思いっきり引っ張り上げるクラーク君。私もイノシシの背に乗せられた。
「行くぞ〜〜〜!」
彼の元気な声に応えるように、イノシシは勢いよく走り出した。その速さたるや恐ろしく、私は振り落とされないよう必死にクラーク君の背中にしがみつくしかなかった。
正に、猪突猛進だ。




