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0.期待と不安を胸に

「ここで本当に合っているのかしら?」


 おもちゃ屋さんの前に立ち、店名をもう一度確認する。大きなピンク色の看板に書かれた『びっくり☆ボンボン』という黄色い文字。何回見ても、やっぱりここなのよね……。


 なぜ私が謎のおもちゃ屋さんの前にいるかというと。遡ること一年前……。



「セレーネ」


 お母様に呼ばれ振り返る。


「はい、お母様」

「マグノリア学園の入学試験の案内が出されたわ。準備をしておきなさい」

「はい」


 マグノリア学園。この国、ルシミュール国では誰もが知っている学園の名前だ。


 ルシミュール国は五つの都市で形成されている。東西南北に位置し、その土地の気候や特産物を活かした生活が根付いている四都市。その四都市の真ん中に位置し、人や物が集まる経済の中心地として栄える中央都市。


 そして、この全都市の中で最高位に位置づけられる学園。それがマグノリア学園だ。


 マグノリア学園はどの都市にも与せず『公平性』を重んじている。学園内では平民・貴族などの身分制度は適用されず、全員が対等な関係で、国や文化による差別も許されない。しっかりと一人ひとりの努力や結果を見られるためか、卒業するまでに大きな成長を遂げる者が後を絶たない。


 また、学園への入学は輝かしい将来への『確約』ともいわれている。平民出身であっても、マグノリア学園出身といえば、以後平民扱いされることはなくなる。貴族との結婚でさえ可能だ。貴族出身であれば、より良い家柄の元へ嫁ぎ、家全体の品格を上げることができる。もちろん良い就職先だって見つけられるだろう。


 ルシミュール国に住む人間にとって、それほどマグノリア学園とは大きな存在であり、入学することは大きな意味を持つのだ。


 もちろん私の家、オルセン家も例外ではない。オルセン家はごく一般の中位貴族だ。特別高くも低くもない。私が産まれるより前の話だが、お父様は製作した魔法道具を評価されたことで、子爵の爵位を与えられたそうだ。今は小さな領地をいくつか任され、領地経営と魔法道具製作を行っている。


 お母様は高位貴族の出身だが、お祖父様の領地経営がうまくいかず没落。何とか子爵の爵位を持つお父様と結婚したが、未だに昔の暮らしを忘れられずにいる。私をマグノリア学園に入学させ、良い嫁ぎ先を見つけ、高位貴族に返り咲きたいのだろう。


 私はただお母様の言うことに従うのみ。


 お母様は何が何でも私を入学させるべく、毎日のように家庭教師を呼び、数え切れない本を買ってくる。知らないことを学ぶのは嫌いではなかったので、勉強ばかりの日々も私には苦ではなかった。



 試験当日。多くの人が試験会場に集まっていた。試験は筆記試験と魔力検査の二つ。筆記試験は今までの勉強のかいあり、解けた方ではないかと思う。


 もう一つの魔力検査は、その名の通り『試験』というよりも『検査』に近い。学園独自の機械で魔力を測定され、学園の設定した合格基準を満たすかどうかが見られる。魔力は年齢とともに成長し、学び、鍛えることでより伸ばすことが可能だが、私たちのように十五歳前後の時期では、自分の元々のレベルから大きく伸ばすことはほぼできない。つまり、この検査の合否は生まれ持った素質次第なのだ。



 試験から数ヶ月が経過した。


「やったわ!!!!!マグノリア学園の合格通知書よ!!!!」


 マグノリア学園から合格通知書が届いた。


「これで、夢にまで見た理想の将来を手にしたも同然だわ!!」


 封筒を手に持ち、お母様は大喜び。ちらっとお父様の方を見たが、興味がないのか、特段反応はなかった。


 合格通知書には魔法がかけられており、開封することも、中身を読むことも合格者本人、つまり私にしかできないようになっていた。お母様から手渡された封筒を開き、中に書かれていることに目を通す。読み終え顔を上げると、お母様は興味津々に何が書かれているのかと質問責めを始めた。しかし、答えようとした私の口からは、何の声もでることはなかった。これも魔法で封じられているようだ。


 さすがはマグノリア学園。学園は徹底して、学園の場所を隠している。通っていた学生や元教授たちでさえ、学園がどこにあるのか知らないと言う。一切それに関する情報が無いのだ。


 ただ、卒業生は皆揃って優秀で、多くの功績を残している。ルシミュール国では、誰もがマグノリア学園に憧れ、入学を夢見ているのだ。


 かくいう私も、お母様の言いつけで受験した訳だが、入学できると思うと少し胸が躍る。今まで以上に様々な知識を得られるのだ。


 しかし、それと同時に私の頭を大いに悩ませているのが学園の制度、全寮制だ。

 お友達……できるかしら……。


 今までお母様に連れていかれたお茶会で、同い年の子たちと接する機会はあったものの、口下手な私はずっとお友達を作ることができず、お母様は完全に呆れていた。


 寮は二人一部屋の相部屋らしい。

 つまりルームメイトがいるということで……私大丈夫かしら……。



 そんな期待と不安を胸に、今私はおもちゃ屋の前に立ち尽くしている。届いた合格通知書によると、入学式当日はここへ来れば良いはずなのだが……期待よりも、不安の方が大きくなってきた。


 手元にある地図と、目の前のピンク色の看板を何度も見直してみるが、やはりここが指定の場所のようだ。先ほどからずっとここにいるせいで、通行人にもそろそろ怪しまれている。それに、何よりこのままでは入学式に遅刻してしまう。


 意を決しておもちゃ屋さんの扉を開く。


 カランカラン


 どこにでもあるような、入店を知らせる鈴が鳴る。


「いらっしゃいませー!」

「あの……」


 元気な接客で出迎えられるも、何と言えば良いのか分からない。


「えっと……」

「こちらへどうぞ」


 店員は何かを察したのか、私を店の奥へと案内する。どうすれば良いか分からず、とりあえず店員の後をついて行った。


 連れて行かれた先にはドアが一つ。私はどうしたら良いのか分からず、店員の顔を見る。


「失礼いたします」


 店員は、端に置いてあったスタンドミラーを、ガラガラと音を立てながら私の前に移動させる。そして呪文を唱え始めた。次の瞬間。


「わぁ!」


 鏡に映る私は、いつの間にか私服姿から制服姿へと変わっていた。魔法で制服に着替えさせてくれたようだ。


 鏡に映る自分の制服姿をじっくりと見る。サイズまでぴったりになっているから驚きだ。シルバーの長髪に手ぐしを通し、広がった毛先をまとめる。少し乱れた前髪も直し、身だしなみを整えた。


 いつも鏡越しに見つめ返してくる青い瞳が、今日は少し輝いて見えたのは気のせいかもしれない。


「それではこちらへ」


 にこやかな笑顔とともに、軽くお辞儀をし、手のひらで扉へと促す店員。自分で開けろということだろうか。


 ドアの前に立ち、ノブに手をかける。鼓動が高鳴っていく。

 どんな学園生活が待っているのだろうか。


 ギュッ


 ノブを強く握りしめ、そのままドアを押し開く。


「ご健勝とご活躍をお祈りしております」


 ドアの先からは明るい光が差し込んできた。


 そして、一歩踏み出す。

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