ホテルっぽい
「ふうー、さっぱりした」
俺は濡れた髪にタオルをかけ、ごしごしと搔きむしる。
生前、心臓病になってからというもの、ぬるいシャワーしか浴びれなかったので久々の熱めの風呂は身体の芯まで熱が染み渡る心地で充足感を存分に感じた。
それにしても医者に匙を投げられた心臓病を治すとは、ここの技術力は凄まじい。
いつかには地上でも治療できるようになってるのかな……。俺は部屋に用意されていた寝間着を着る。備え付けられている冷蔵庫を開けてみると、水と炭酸飲料、缶ビールが入っていた。俺は水のペットボトルのキャップを開けごくごくと三分の一ほど喉に流し込む。
ベッドに寝転がりスマホの画面を点ける。時刻は午前零時を回ったところだ。
アドレス帳を確認する。
「ライム」のみ登録されていた。
「一から人付き合いしていかないといけないのか……」
生前、勤めていた内閣情報調査室での経験から、人脈がいかに重要かを感じている俺は、人脈がリセットされた事実に深いため息をつく。
「そういえば……」
ACIS専用のチャットアプリがインストールされているとライムから聞いていた俺はそれを探す。
『S-talk』というアプリを発見した俺は「これかな……?」とアイコンをタッチする。
コードネームの入力とパスワードの設定を促され淡々と入力する。
数秒の読み込みのあと、画面が切り替わる。
総合チャンネルと表示されたそれはスクロールしていくと、どうやら先ほど読んだ冊子の『ヒト型亜種族の説明』以外の記載がそのまま載っているようだった。
チャンネルに参加しているメンバーはどうやら表示されない作りらしい。
左側にあるチャンネル一覧には、ヒト型亜種族の種族毎のチャンネルがあった。いつでも特徴を確認できるようにだろう。
風呂に入る前にヒト型亜種族の説明ページには一通り目を通したが、初めのうちは特徴に関する知識があやふやになるかもしれない。この仕組みは素直に有難いと胸を撫で下ろす。
そういえばこの部屋には窓が無い。ドアから外に出なければ外の様子を窺い知ることができない。
外が気になった俺はベッドからゆっくりと立ち上がり、胸を高鳴らせて玄関のドアをできるだけ音がしないように開けた。
眼前には廊下を挟んで壁があった。
左右を見回すと、薄暗い間接照明の青白い明かりに照らされた廊下が伸びていた。洋風ホテルの廊下といった感じだ。
一定の間隔でドアが立ち並んでいる。他にも居住している人物がいるようだ。俺はそれとなく安堵感を覚える。
探索したいところだが、今日はもう夜遅い。また暇があるときに色々見て回ろう。俺は部屋に戻り、ベッドに寝転がる。
「実践の始まりの機会を逃さないで」
俺はライムに任務を伝えられた際に言われた言葉を思い出す。
いきなり任務と言われ身じろぎしている様子を見て、ライムが放った一言。
はっとした俺は、任務を受諾した。
早々に明日はACISとしての実践だ。俺は多少の不安と高揚感を胸に織り交ぜつつ、眠りについた。