えいと……?
『天使には、天界から地上界の営みを肌で観察するために地上界へ降りてきた存在と、天から追放されて地上界へ降りてきたいわゆる堕天使がいる。天使、堕天使ともに人に害なす事例が確認されている。一際厄介なのは天使による犯罪行為である。堕天使は自身が罪深いということを自覚して悪しき行為に手を染めるが、天使は常識外れの思考経路で犯罪行為を行い、そこに罪の自覚はないケースがある』
天界から……やはり天国はあるのか……!? 天使が犯罪を犯すなんてことがあるんだな……。冊子を持つ手に力がこもる。
『特徴としては驚異的な治癒力が挙げられる。銃で脳天を撃たれたとしても、十数秒で回復する。ほぼ不死といっていい。そして【加護】と呼称される特殊能力を一つ、有している。個体によってその【加護】の種類は多岐にわたるが、共通するのは自身にバフをかける効果があるということである。悪魔の【異能】に、対しているといえるだろう』
悪魔の【異能】……ページを読み飛ばしているから予想する他ないが、相手にデバフをかけるということだろうか? あとで確認しよう。
『天使はリングを所有しており、頭の上に輪っか、というわけではなく、それはネックレスや指輪として常に身に着けている。リングが破壊されると天使は【加護】を消失し、治癒力も常人並みになる。リングは三日ほどで再生する。天使といえば白い翼を想像する者がいるかもしれないが、実際のところ天使は翼を有していない。どうやって天界と地上界を行き来しているかは未だ謎である』
なるほど。俺はいつの間にか丸まっていた背筋を伸ばす。次は悪魔の説明を読むか。俺はパラパラとページをさかのぼる。
「ヒト型亜種族の説明欄は後で確認して。最後のページを読んで」
ライムが平板な声で、だが刺すような口調で言った。
俺は目をわずかに見開き、横目でライムを捉えて数秒、冊子に目を戻し最終までページをめくる。
『IDカードと専用のスマホを支給します。地下施設内の利用はIDカードで。専用スマホは電子マネーが上限無く使用できるので地上での活動などにご活用ください』
IDカードとスマホ……。生前の連絡先とかのデータ無いと辛いな……いや、俺はもう死んだ扱いになってるのだから俺から知り合いに連絡とるのはまずいか。
こめかみに手をあて考えこんでいると、視界の隅からIDカードとスマホが映る。
「はい、これ。生前のスマホから連絡先は取り込んでないけど、画像動画データなら移してあるわ。わかってると思うけど、生前の知り合い、たとえ身内であろうともコンタクト取るのは厳禁だから。まあ偶然すれ違ったりするぶんには、あなたは若返ってるから相手は気づかないでしょうけど」
人脈リセットか……。辛いな。
生前勤めていた内閣情報調査室では、人脈がものを言う場面が多々あった。例えばある事柄に対して表立った交渉が行われる前の、事前に水面下での交渉をする場合などだ。
俺、矢吹彰は生前、世界中に人脈を構築していた。
IDカードに目を移す。
【Eito】と書かれている。
「えいと……?」
俺が首をかしげ呟くと、ライムが右手の人差し指をピンと立てて説明する。
「あなたのコードネームよ。これからはその呼称で生活することになるわ。コードネームの由来は生前の名前と活動から決定しているわ」
なるほど。矢吹の『矢』が『八』でエイトか、ネゴシエイトのエイト、といったところだろう。
俺は支給されたスマホの電源を入れる。時刻は午後九時半だった。
「ライムって名前もきみのコードネームってこと?」
「そうよ。じゃあ早速、ACISとしてのあなたへの任務を伝えるわ」