ACIS
「死んだ……じゃあここはあの世?」
「いえ、正確には今までのあなたは死んだってことよ。戸籍上も既に死亡扱いになってる。ここはあの世じゃない。現世」
年齢は二十代だろうか。華奢な体つきのその女は淡々と言葉を紡ぐ。
「詳しくはその手に持ってる冊子で確認するといいわ。私からも説明するし」
「きみはいったい……?」
「私はライム。この状況下で慌てず落ち着いてるのは流石ね。ありがとう、助かるわ」
女は目線で冊子を読むように促す。俺は数秒硬直して、冊子に目をゆっくりと移す。
『他言無用。厳守。これを読んでいるあなたほどの人物が秘密を守れないとは思いませんが、守れなかった場合死んでもらいます』
「死……!?」
強い文言に軽くのけぞる。思わず肩がこわばる。続けて下の行を読んでいく。
「生前、人類にとって特に秀でた功績を残した者が、ここ『ACIS』に所属することになります。十六世紀からこの活動は続いています……ここは地球の地下にある秘匿の人類居住施設です……生前ってことは俺はやっぱり死んだのか……? 功績って……」
ふと湧いた疑問を呟く。
「ええ。厳密には少し語弊があるけどあなたは心臓病で死んだわ。そしてここACISで蘇生させて心臓病を治し、若返りの薬を投与した。身体の変化にはもう気づいてるでしょう? 功績はあなたの場合、宇宙人と人類の地球共生交渉を成功・締結させたことよ。まあ各国のトップと交渉に関わった一員しか知らない、表には出ない実績だけどね」
蘇生? 心臓病を治した!? 医者に手の施しようがないと診断されたのに…? それに若返りの薬って……。
現実離れ、常識の枠外の説明に眉間にしわが寄る。俺は更に冊子に記載されている文章を読み進める。
「ここには地上と同じ設備、施設が整っています。それらは全て無料で使用できます。生活に困ることはないでしょう」
なるほど。どうやらここはあの世ではないらしい。その事実を飲み込み、俺は軽く息を吐く。
こういう冊子があるということは、自分以外にもわけがわからないままこの場所に連れてこられた人がいるということだ……。
「若返りの薬があるってことは、十六世紀から現在まで生きている人物がいるってことか……?」
「察しが良いわね。そう、ここの技術は半永久的に生きることを可能にしているわ」
不老不死……とは少し違うようだがほぼそういうことだろう。自分自身の唾を飲みこむ音がやけに大きく聞こえた気がした。
俺は次のページをめくる。
『ACIS活動理念』
と書かれている。
「時は十六世紀初頭、地球には様々なヒト型亜種族が大衆の目を搔い潜り生活していた。獣人、竜人、魔女、吸血鬼、悪魔、etc……。人間に害なす事件も多々生じていた。大衆にこのヒト型亜種族の存在を公表すればパニックに陥ることは明白だった。そこで秘密裏に、人間と亜種族の平和な共生を維持する組織を創設することにした。それが『ACIS』である。創設者の名は伏せる。権力構造を排するためである。創設者は今も、ACISの一員として活動している。創設したことは伏せて。この組織に上下関係というものは無い。若返りの薬をメンバーは服用したことが一度はあるため、外見からの情報では実年齢は分からないからである」
宇宙人以外にも地球に住んでいる亜種族がいたのか……!? 俺は目をしばたたかせる。
「実年齢、四百歳って人物もいるわけか」
「そうね。外見じゃわからないだろうけど。威厳を出すためにあえて年齢を食った見た目をしている人もいるわ」
「きみも……二十代じゃなくてもっと生きているんだな……?」
「それは秘密」
ライムと名乗る女性は口角をわずか上げる。
敬語使った方が良いか? 良いよな……? ライムを視界の中心に据え逡巡しているとライムがこちらの考えを見透かすかのように口を開く。
「かしこまらなくていいわよ。ここに上下関係はないもの。敬語使った方が居心地がいいならそうすればいいけど」
「……わかった」
俺はライムの言葉に甘えることにした。
「そういえば……俺はいま何歳の身体なんだ……?」
ライムは手でブイサインを作り顔の横に持っていく。
「あなたに投与した薬では、二十歳若返ってるわ」
二十歳……ということは十七歳の身体だ。身長と体重が変わっている感じはしない。百七十五センチ、七十キロの身体だ。高校時代は帰宅部だったので筋肉量が貧していたが、今の身体は大学時代空手をしており、卒業後も月に一、二回稽古していた故の筋肉量を受け継いでいた。
『ACISとは、人類とヒト型亜種族の恒久の平和共生を維持するための組織である』
ページはその一文で締めくくられていた。俺はゆっくりとページをめくる。
『ヒト型亜種族の特徴一覧』
と書かれている。俺はパラパラとページをめくり何ページほど、この説明が続いて記載されているか確認した。
流し見していると、目を惹かれる項目を見つける。
『天使の特徴』
……天使がいるとは。ということは天国って本当にあるのか? 興味を射抜かれた俺は天使の欄を読み進める。