新生
『ピーーー……』
心電図の音。
「彰兄ィ……!」
「彰……!」
女性の嗚咽が聞こえる。声色から察するに妹と母だろう。
確認したかったが筋肉に力がこめられず瞼が開けられない。瞼だけではなく、全身の筋肉が弛緩しているような感覚があった。
「午後三時二十分。ご臨終です」
低い声が鼓膜に届く。おそらく医者だ。
俺は心臓病で入院していたんだった。しかしご臨終だなんて、俺はまだ意識ははっきりしているぞ。
医者の言葉に反論しようとしたが、喉が、口が動かない。
それどころか全身がピクリとも動かなかった。
俺は……まだ…生きて…る。
意識は遠のいていった。
※※※
「はっ!?」
俺は目を覚ます。そう、目を覚ましたこの感覚。
俺はどうやら眠っていたらしい。
知らない天井を十数秒見つめ、身体を起こす。
軽く眩暈がした。
俺は周囲を見回し目をしばたたかせる。
「ここは……あの世……?」
病院の個室部屋かと思ったが、高級感のあるホテルの洋室を思わせる内装。
寝ていたベッドも、病院とはかけ離れてふかふかだ。
「俺は死んだのか……?三十七歳の若さで……」
俺、矢吹彰は、原因不明の心臓病で医者も手の施しようが無くいつ死んでもおかしくないと診断されていた。
「ま、先ずは状況把握だ」
生前勤めていた『内閣情報調査室』では冷静で的確な判断力・分析力が求められた。
俺は宇宙人との地球共生交渉を成功させた実績がある。
そんな仕事をしていた甲斐あってか、俺は大きく動揺せずにいられた。
部屋の奥の短い廊下の左手にあるバスルームへと足を運び、鏡で自身を確認する。
白のワイシャツに黒のスーツズボン。病院着ではない。
しかしそんなことは小さな差異だった。俺は目を見開き呟く。
「何か……幼くなってないか?」
乾燥していた肌は潤っている所見を覚え、身体が軽い。気がつけば脈打つ度にズンズンと痛んでいた心臓も痛くない。
俺はいつの間にか口を半開きにして鏡の前で呆けていることに気づき、左右に軽く頭を振る。
「じょ、状況把握……」
俺はバスルーム内の、ホテルで言うところのアメニティを確認した。
タオル、歯ブラシ、ドライヤー。ホテルと遜色無い。
ベッドの真正面に置かれた四十二型ほどのテレビの足元にある冊子を手に取る。
『ご利用案内』
と書かれている。
「黄泉の国に『ご利用案内』があるのか……? それとも……」
怪訝な目つきで俺は冊子の一ページ目をめくる。
『ASISへようこそ』
俺は擦れ気味に呟く。
「ASIS……? やはりあの世じゃない……?」
しかし身体に起きた変化は現実離れしている。思い返せば医者に「ご臨終です」と言われたときから、そうだ。意識があるのに死亡判定されてしまった。
俺が思考を巡らせていると部屋のドアがガチャリと音を立てた。
誰か入ってきた! 俺は反射的にドアの方を見据え身構える。大学時代空手部だった俺はもしものケースを想定し、覚悟を決める。
「お目覚めね。矢吹彰。あなたは死んだわ」
平板な声色で、赤茶色のボブカットの女性が開口一番、そう発した。